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古代と日本に関するmainのブックマーク (3)

  • 平安貴族が騎乗してた「シマウマ」(島馬)とは何か?古代日本の馬は島などの低湿地で飼育され、島伝いに沖縄まで「島の牧」が伝わってたことが分かった

    ちょっとした話題【1】 平安~江戸時代まで、京都を中心とした美の感覚では「渡来系弥生人」の顔付きが優雅で好ましいとされたが、鎌倉武士にはちょっと違った特徴があった。欧米文化が流入した近現代になると彫(ほ)りが深い「縄文顔」が「格好良い顔」として見直された話も興味深い。 巫俊(ふしゅん) @fushunia 人類史のに、鎌倉時代の人骨だけは、何故か頭が前後に長いとされてるんだけど、衝撃に耐える頭蓋骨と正面からの被弾(矢)面積の現象を狙って、少しの淘汰圧でもかかってたのでしょうか?室町時代になると弓射騎兵から打物騎兵に代わるので、矢への依存が下がるのかも。 twitter.com/sim_kyrm/statu… 2021-05-01 00:25:51 ナニワのモッチー @sim_kyrm この絵は誇張して描いてますが、アジア人が欧米の白人さんを間近で見ると、顔の造形のあまりの違いに衝撃を受け

    平安貴族が騎乗してた「シマウマ」(島馬)とは何か?古代日本の馬は島などの低湿地で飼育され、島伝いに沖縄まで「島の牧」が伝わってたことが分かった
  • グワショウ坊古墳

    百舌鳥古墳群 いたすけ古墳・長塚古墳・収塚古墳・塚廻古墳・文珠塚古墳・丸保山古墳・乳岡古墳・御廟表塚古墳・ドンチャ山古墳・正楽寺山古墳・鏡塚古墳・善右ヱ門山古墳・銭塚古墳・グワショウ坊古墳・旗塚古墳・寺山南山古墳・七観音古墳・御廟山古墳内濠・ニサンザイ古墳内濠 グワショウ坊古墳は、旗塚古墳の東側にある卵形の円墳で、墳丘は2段築成と考えられています。周囲には濠(ほり)がめぐり、葺石と埴輪が検出されていますが、埋葬施設の構造や副葬品は不明です。昭和50年代の公園造成時には、すでに墳丘上部は削平されて平らでしたが、現状は公園整備がなされ、大仙公園の一部となっています。 円墳で径61メートルという大きさは、仁徳天皇陵古墳(大山古墳)の陪塚とされている径62メートルの大安寺山古墳に次ぐ大きさで、全国的にも有数の規模を誇ります。 発掘調査では、規模と西側が張り出した卵形を呈する墳形であること、濠から外

    グワショウ坊古墳
  • 続報!「破斯清道」は正倉院文書「土師浄道」と同一人物か!?ペルシャ人では無かった日本の下級官吏はじのきよみちの17年後の昇進について

    前回の続きです。 はじめての方は、前回をご参照ください。 前回、この文字が「はじ」(土師)と読めることを指摘し、状況証拠から集めていきましたが、 フォロワーさんから、より興味深い情報が寄せられました。 巫俊(ふしゅん) @fushunia 今回、赤外線写真で確認された平城宮式部省木簡の「破斯清道」(はじのきよみち)は、正倉院文書に出てくる「土師浄道」(はじのきよみち)の17年後の姿の可能性が高まってきました。その正体はペルシャ人では無かったようですが、普通の下級官吏のその後の人生が分かる大事な「発見」になりますね。 2016-10-17 12:28:49

    続報!「破斯清道」は正倉院文書「土師浄道」と同一人物か!?ペルシャ人では無かった日本の下級官吏はじのきよみちの17年後の昇進について
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