原 知佐子さん(はら・ちさこ=俳優、本名実相寺知佐子=じっそうじ・ちさこ、映画監督故実相寺昭雄氏の妻)19日午後6時4分、上顎がんのため東京都杉並区の病院で死去、84歳。高知県出身。葬儀・告別式は親族のみで行う。喪主は長女吾子(あこ)さん。 70年代に放送されたドラマ「赤い疑惑」など「赤いシリーズ」で、山口百恵さんが演じるヒロインをいびる役で知られたほか、「岸辺のアルバム」などテレビを中心に活躍。16年の映画「シン・ゴジラ」にも出演した。
特撮作品やアニメ作品などの脚本を多く手がけた脚本家の上原正三さん(うえはら・しょうぞう)が2日、肝臓がんのため死去した。82歳だった。葬儀は近親者で行った。喪主は長男、敬太郎(けいたろう)さん。 昭和12年、沖縄県出身。中央大学を卒業後、41年の円谷プロダクション製作の特撮テレビ番組「ウルトラQ」の第21話「宇宙司令M774」で脚本家として全国デビュー。その後、「ウルトラセブン」の脚本を多く手がけた。同社を退社してフリーになった後も、46年の「帰ってきたウルトラマン」のメインライターを務めた。東映の作品にも多数かかわり、「がんばれ!!ロボコン」(49年)「秘密戦隊ゴレンジャー」(50年)「宇宙刑事ギャバン」(57年)などのほか、アニメ作品「ゲッターロボG」などの脚本を手がけた。 平成30年には、米軍占領下の戦後沖縄を舞台に、戦争で傷付いた子供らが、伝説の精霊「キジムナー」をよりどころにたく
映画「仁義なき戦い」などに出演した俳優で、バラエティー番組などでも人気を集めた俳優の梅宮辰夫さんが12日朝、慢性腎不全のため亡くなりました。81歳でした。 その後、アクション俳優として長年にわたって活躍し、映画「不良番長」シリーズや「仁義なき戦い」などに出演して、渋みのある演技で人気を集めました。 また、趣味の釣りや料理をいかして数多くのバラエティー番組などにも出演したほか、実業家としても漬け物のチェーン店を展開し、マルチな才能を発揮しました。 梅宮さんは、平成28年6月に十二指腸乳頭部がんであることが分かり、9月には娘のアンナさんが会見して「とにかく元気だから騒がないでくれ」という梅宮さんのコメントを出していました。 その後もドラマの撮影に臨むなど元気な姿を見せていましたが、前立腺がんや尿管がんの手術を受けたほか、人工透析をしていることを明らかにしていました。 所属事務所によりますと、が
俳優・山本昌平さん死去 82歳 「水戸黄門」「電撃戦隊チェンジマン」など
1969年(昭44)に放送されたドラマ「サインはV」にコーチ役で出演した俳優中山仁さん(本名・中山仁平)が10月12日に肺腺がんで死去していたことが11日、所属事務所から発表された。77歳だった。 同事務所はファクスで「故人の遺志で葬儀、お別れ会はせず、逝去したことも公表せずに、とのことでしたが、ご家族と相談の上、1カ月経ちました本日、御報告をさせていただきます」と発表。「永きにわたり御支援頂きましたことに心より感謝申し上げます」としている。 中山さんは早大政経学部を中退後、文学座養成所に入り、劇団「NLT」を経て、三島由紀夫氏らと浪漫劇場を設立。フジテレビ系ドラマ「乱れる」でデビューし、「サインはV」の鬼コーチ役をはじめ、多くのドラマや映画、舞台で活躍した。
女優八千草薫さんが亡くなった。88歳だった。昨年も8、9月に舞台「黄昏」に主演し、がん公表した今年2月以降にも、テレビ朝日系ドラマ「やすらぎの刻(とき)~道」の収録に参加した。 今年春から入退院を繰り返していたが、八千草さんのもとには映画出演の依頼が2本あったという。1本は断ったが、もう1つは旧知の監督からのオファーで、病床で台本を読んでいたという。しかし、八千草さんが亡くなり、映画がどうなるかは未定。最後の出演作「やすらぎの刻(とき)~道」の脚本を書いた倉本聡さんは「八千草さんは演技力を含めて、NO・1の俳優だった。もういないと思うと、脚本を書く気がしなくなりますね」と吐露しているが、映画を企画した監督も、八千草さんの出演を想定していただけに、映画が制作されるかは微妙のようです。 1957年に谷口千吉監督と結婚し、以来、監督が07年に91歳で亡くなるまで50年間連れ添った。子供がなかった
映画から舞台、司会など幅広く活躍し、「イェーイ」の決めぜりふでも知られる俳優の高島忠夫さんが26日、老衰のため自宅で亡くなった。88歳だった。 所属事務所の東宝芸能が28日、報道各社にファクスで発表した。妻・寿美花代の「最後は家族で見送りたい」という希望で家族だけで27日に密葬を行った。お別れ会などを開催する予定はないという。 高島さんは戦後間もない1951年、新東宝の第1期ニューフェースに合格し、芸能界に飛び込んだ。翌年には映画「花の応援団長」で役者としてデビュー。端正なマスクの一方で関西弁の話術でも人気を集めた。 63年に宝塚のスターだった寿美花代と結婚。64年8月、生後5か月だった長男が家政婦に殺害されるという惨劇が起きたが、65年には二男の高嶋政宏、翌年には三男の高嶋政伸が誕生。兄弟は後にいずれも芸能界入りした。 寿美とのおしどり夫婦ぶりも有名で、2人で司会を担当した日テレ系料理番
小池一夫さん死去 82歳 漫画「子連れ狼」の原作者
アニメ『忍たま乱太郎』の学園長(初代)や劇場版『風の谷のナウシカ』のジルの声などを務めた声優の辻村真人さん(本名:辻村眞人)が11月27日に死去した。88歳だった。29日、所属事務所が発表した。 書面では「平成30年11月27日 88歳にて永眠致しました。ここに生前のご厚誼を深謝し、謹んでご報告申し上げます」と伝え、「葬送の儀につきましては、親族の意向により家族葬にて執り行われました。ここに生前中の御厚誼を深謝し、謹んでお知らせ申し上げます」とした。 辻村さんは、東京都出身。『ONE PIECE』(大玉/パンパン爺)、『Bビーダマン爆外伝V』(ちょうろうボン)、『魔法先生ネギま!』(近衛近右衛門)、『劇場版 宇宙戦艦ヤマト』(アンドロメダ艦長)などを務め、外画では『スター・ウォーズ エピソード5/帝国の逆襲 特別篇』『スター・ウォーズ エピソード6/ジェダイの帰還 特別篇ヨーダ』でヨーダ(
1979年(昭54)のテレビアニメ「サイボーグ009」の主題歌「誰がために」で知られる、歌手の成田賢さんが13日、肺炎のために亡くなった。73歳だった。公式ツイッターが発表した。 「成田賢は本日、午前7時過ぎに肺炎の為亡くなりました。生前、故人の作品を愛して下さった方々、ライブに脚をお運び頂いた方々に深い感謝の意を故人に代わって申し上げます。尚、葬式一切は身内のみで行う予定ですので、今は故人の残した作品や動画で故人を偲んで頂ければ幸いです。アシスタントより」 成田さんは旧満州の大連市生まれで、1967年にグループ・サウンズ「ザ・ビーバーズ」のボーカル&ハーモニカ担当としてデビューした。「誰がために」のほか、80年にテレビ朝日系特撮「電子戦隊デンジマン」の主題歌「ああ電子戦隊デンジマン」がヒットも、1981年(昭56)に1度、歌手を引退。2007年にアニメジャパンフェスティバルで、26年ぶり
イスラエル・ハマス戦闘 パレスチナ自治区ガザ地区を支配するイスラム組織ハマスが2023年10月7日、イスラエルへの戦闘を開始しました。
菅井さんは1926年東京生まれ。46年、東京芸術劇場研究所に入所し、翌47年『林檎園日記』で初舞台。劇団解散後は俳優座に移籍し、50年『風にそよぐ葦』で映画デビューする。 73年ドラマ『必殺仕置人』では藤田まことさんが演じた中村主水をいびる姑・中村せん役や、『太陽にほえろ!』で松田優作さん演じる柴田純(ジーパン)刑事の母・柴田タキ役、『家なき子』での“ババア”こと田畑光江役など、多くの作品で名脇役として存在感をみせた。 銀幕でも活躍し『生きる』『悪い奴ほどよく眠る』『どですかでん』『砂の器』などに出演。08年『ぼくのおばあちゃん』では82歳にして映画初主演を飾り、「世界最高齢映画主演女優」としてギネス認定された。 映画『お葬式』では日本アカデミー賞助演女優賞を受賞。90年には紫綬褒章、96年に勲四等宝冠章を受章している。
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