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今を生きること福島第一原発から約22kmの地で生き、今も遺体捜索を続けながら故郷を再生しようと活動する上野敬幸さん。フォトジャーナリスト・渋谷敦志が出会い見つめた、あるひとりの父親の3.11から今日まで― 震災の日から一年を前にした2012年3月10日。僕は福島県南相馬市原町区の萱浜(かいはま)に到着した。海沿いの土手に立ち、色彩を失った荒野を見渡す。「あのへんであの人と最初に会ったんだよなぁ」。刺すように冷たい浜風を受けながら、震災直後のことを思い出していた。まだ一年なのか。もう一年なのか。時は流れている。けれど、ここに来ると、どうしても時計の針が止まったままのように思えてならない。 3月11日はあの人といようと決めていた。上野敬幸(うえのたかゆき)さん。39歳。南相馬で最初に出会った人であり、彼の存在は脳裏にとりわけ強く焼き付いている。その上野さんが家族の一周忌に葬儀を行うという。 海
放射線の影響への危惧によって満足に外で遊べない子供たちのために、屋内公園『ふくしまインドアパーク』を運営する認定NPO法人フローレンス。代表である駒崎弘樹さんが、病児保育問題の解決のために立ち上げた団体です。過去にアメリカのNewsweek誌で「世界を変える社会起業家100人」にも選ばれたことのある駒崎さんは、震災以降の現実をどう見つめ、この国の行く末をどう見据えているのでしょうか。これからの世界と私たちの在り方について、編集長・後藤正文と熱く語り合いました。 後藤 「この対談をWeb版で読む方は、フローレンスが取り組んでいる病児保育についてご存じない人も多いと思うんです。ここで、改めて説明して頂けますか?」 駒崎 「病児保育というのは、子供が熱を出したり風邪をひいたりした時に、保育園に代わって子供を預かるシステムです。家に行って、子供を病院に連れていって、また家に戻ってきて、親御さんの帰
TOKYO No.1 SOUL SET、ソロユニット・THE ZOOT16、そして、福島出身のミュージシャンとクリエーターで結成したバンド「猪苗代湖ズ」としても活躍する渡辺俊美。渡辺の故郷は、福島第一原発の事故によりいまだ警戒地区となっている福島県富岡町。20km圏内に故郷を持つ渡辺が様々な想いを抱えながら、みんなの心の中にある想いを風化させないために歌う希望の種とは? 後藤「震災後一年半(この対談取材をしたのは2012年10月頭)が経って、漠然とですけど、原発事故へのみんなの興味がどんどん薄れている感じがするんです。だけど福島に取材に入れば、そこには色褪せずに憤りや戸惑いがそのままあって、もう一度、福島の皆さんの思いを『THE FUTURE TIMES』で伝えたいと思って、今日は俊美さんに会いにきたんです」 渡辺「僕個人の思いとしては、日を追うごとにどんどん複雑になっているんですよね。後
東日本大震災から、もうすぐ2年が経ちます。人々は多くの喪失と向き合い、ここまで少しずつ復興への道を進んできました。その歩みの中で生まれたのが『インドアパーク南相馬園』。現地市民の働きかけによってできたこの施設は、今後の民主主義の在るべき方向性を示していると、インドアパークを運営する『フローレンス』の代表・駒崎弘樹さんは語ります。そんな駒崎さんと編集長の後藤正文が、被災地の、さらにはこの国の現在と未来について、じっくりと言葉を交わし合いました。 後藤 「まずは、インドアパークをつくることになった経緯から聞かせてください」 駒崎 「僕の震災体験は、“身内が被災した”のが出発点でした。妻は福島県郡山市の南隣にある、須賀川市というところに実家があるんですが、そこが実際に地震の被害に遭って、半壊状況になってしまったんです。それで、妻の家族が、僕らの住んでいる埼玉県川口市に避難してきてきました。だから
東日本大震災を契機に当たり前とされてきた価値観が崩壊しようとするなか、物質的な豊かさばかりを求めてきた私たちの生き方があらためて問われている。地域に入り込み、人と人とのつながりを取り戻すことで新たな地域や人々のあり方を提唱するコミュニティデザイナーの山崎亮さんが説く、私たちが追い求めるべき人生の豊かさとは。 後藤「現在の日本にある大都市一極集中的な流れのなか、それを壊して何かつくれるんじゃないかと思っていまして。そういう現状に抗っていたり、抗うアイディアを持っている方達にお話を伺って、これからの新しい社会やコミュニティのあり方を考えていきたいと思っているんです。山崎さんには『The Future Times』創刊時からお話を伺いたいと思っていました」 山崎「ご出身はどちらですか?」 後藤「静岡です」 山崎「原発の問題もありますね」 後藤「地元が浜岡原発から20kmから30kmの間くらいなん
未読の方はこちらの関連記事もどうぞ ■「あっちこっちと未来」の記事はこちら ■「祝島、1148度目の祈り」の記事はこちら ■1/25(金)後編公開しました!!→記事はこちら 祝島で30年間続く原発建設反対デモと島民の生活が、私たちに問いかけているものとは何か? そして、ノイズを排除する社会に抗い、想像力と多様性を取り戻すために今、何ができるのか? 島を歩き、対岸の原発建設予定地を訪れた、いとうせいこうと後藤正文が語る 後藤「昨晩、祝島のデモに参加させていただいて、いとうさんはどんなことを感じられました?」 いとう「まず、とにかく30年間続けてきたという現状だよね。たとえば、今、官邸前でやってるデモが収束していっちゃうんじゃないかとか、この先何年も続かないんじゃないかとか、もちろんそれはそうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。だけど、祝島のデモに参加して、人数とか規模とか関係ないじゃ
瀬戸内海への玄関口となる、山口県東部にある柳井港。祝島への定期船『いわい』が日に2本、祝島から柳井港へは日に3本が運航している。船に揺られること1時間と少し。小さく見えていた島が次第に大きくなっていく。 港から島を見渡すと、その景色は南国の町並みを想起させる。石積みを漆喰で固めた練塀。密集するように、寄り添うように建てられた家屋は平屋が多い。島特有の強風、そして直撃することも多い台風対策。先人たちの知恵だ。 家と家の隙間を、縫うように広がる細い道は迷路のよう。車が通れるのは、海沿いの道くらい。あちこちで猫が日向ぼっこしている。 カブをお借りして、急勾配の坂を越え、常緑樹のビワ畑を抜け、島の南端を目指す。 15分も走れば、城壁のような棚田が広がっていた。そこは“平さんの棚田”と呼ばれ、観光名所にもなっている。平萬次さんの祖父・亀次郎さんが、90年前に「米さえありゃあ生きていける。子供や孫のた
福島第一原子力発電所事故の数年後、架空の県で再び起きた原発事故に翻弄される人々を、映画『希望の国』(2012年10月公開)で描いた園監督。劇中で3組の男女に託される「愛」と「希望」は、どのように生まれたのか。忘れてはいけない哀しみ、そして表現することへの覚悟。今、映画にできることとは。 園「後藤さんが編集長をやられている『The Future Times』、読みました。スゴくいいと思った。これは、強い新聞ですね。ガッツリ作ってるからお金もかかるんじゃないですか?」 後藤「自腹でコツコツとためたお金を印刷費に回したりしてますね。全国に『ASIAN KUNG-FU GENERATION』というバンドでツアーに行くんですが、その移動に合わせてギター1本と募金箱を持って、各地でひとりで弾き語りをやってます。すると、宿泊代や交通費が浮くんですよ(笑)。そんな感じでDIYでやってます」 園「そういうの
THE FUTURE TIMES 4号では、「それぞれのふるさと」と題して、福島第一原子力発電所にほど近い福島県の地域を訪ねました。原発事故以降の様々な分断の中を生きる私たちが、耳を傾けるべき声がそこにはありました。 震災直後から福島県の沿岸部に入って、被災者支援活動を行った自衛隊。当時、どのような想いで活動していたのか、自衛官の大宮善直さん(仮名)にお話を伺いました。 後藤「最初に被災地に入られたのはいつですか?」 大宮善直さん(仮名)「僕の部隊は3月12日に先行班が出ましたね。そこから、部隊の一番上の指揮官は2ヶ月くらい帰ってこなかったです。他の、末端にいる隊員はローテーションを組まれて、それぞれの機関で往復とかしていましたけど…」 後藤「先行班の方は、大熊町(※1)に行かれたんですか?」 大宮「最初は、原発とかは確かまだそんなに状況がひどくなかったというか…。一度行ったんですよね、原
『The Future Times』の第3号の特集は『農業のゆくえ』。滋賀県の面積に匹敵する耕作放棄地を抱える日本。エコでもロハスでもなく、農業というレンズで現在の社会をのぞき見ようというのが、今回の特集のテーマです。 ——全く違うようでいて、実は似ている農業と音楽。 ふたつのレンズ からのぞく過去、現在、未来。 様々なジャンルを横断して思想する人類学者・中沢新一さんと語る、 これからの社会について。 後藤 「今号の特集テーマは“農業”なんです。内田樹(注釈※1)さんと中沢さんの対談集『日本の文脈』には、“これからは農業の時代だ”と書かれていました。そこに興味が湧いて、お話を伺えたらと思いまして」 中沢 「後藤君は他のいろんなことにも関心あるんでしょう?」 後藤 「総合的にありますね。たとえば縄文時代とか、土偶とか好きなんです。ひとりのミュージシャンとして、狩猟採集をやっていた人のアートフ
政治的な発言も、下ネタも、世の中を憂いていることも、選挙へ行くことも全部をひっくるめて、自分ができることとして音楽を鳴らしてきたロックミュージシャン・横山健さん。一貫してブレのない姿勢で在り続ける横山健さんのロックミュージシャンとしての思いを編集長・後藤正文が話を伺いました。 横山「いやぁ、今回は眼鏡対談ということで」 後藤「(笑)、前から健さんと話したいと思っていて。ジャンル分けみたいなのは嫌いですけど、やっぱり震災以降、パンクスと言われる人たちが積極的に体を使って動き始めたじゃないですか。僕らからするとひと世代上で、DIYの旗印を掲げてやってきた人たち。もう自分たち独自のルートでどんどん動き出したっていうのが印象的だったし、すごく励みになったんですよね。僕らの世代はちょっと億劫というか、動くのに時間がかかってしまう。それでも半年ぐらいでなんとか合流できたから、良かったなぁと思うんですけ
6月22日の首相官邸前の反原発/脱原発デモ。主催者発表では延べ4万5千人、警視庁の発表で1万1千人が集まりました。一部の方からは「後藤さんがデモに参加するなんて残念です」というような反応がツイッター上でありました。電力の安定供給に対する不安を理由に、現在行われているような即時停止を迫るような要求はおかしいのではないかという意見もありました。 今回は、端的に、どうして今、デモが必要なのかについて書きたいと思います。 大飯原子力発電所は国際原子力機関(IAEA)が定める5つの安全基準を3つしか満たしていません。例えば、免震施設、格納容器ベントフィルターなどの整備を待たずに再稼働するのです。避難計画の見直しやヨウ素剤の備蓄などもされておらず、福島県の事故を受けての対策がされているかも疑わしいと感じます。 つまり、事故以前と同じ理屈、安全対策を軽視して「過酷事故は起きないだろう」という前提の元で原
■前編を読まれていない方はこちら 福島第一原子力発電所で起きた事故は、現在でも、避難生活を余儀なくされている人だけではなく、様々な困難と軋轢を全国各地で生み出している。「何をしていいのか分からないけれど、とにかく声を上げなければならない」。若者たちの小さな決意が、ひとつのツイートをきっかけに繋がってはじまった反原発デモ『TWIT NO NUKES』。その成り立ちと想いについて、中心メンバーの平野さん、竹中さん、黒澤さんに聞いた。デモに偏見を持っているひとにこそ読んで欲しいインタビュー。 竹中「デモの話もそうなんですけど、日本は、声が大きい音が大きいだけで“迷惑”っていう風潮があるなって。声高に主張するとか、単純に音がデカいだけでも、内容とか見ないで迷惑っていう(笑)感じがすごくあるような気がするんです」 後藤「それはありますね。“迷惑かけんな!”っていうメンタリティーのひとが多いんですよね
■6/20(水) 後編公開しました!!→記事はこちら 福島第一原子力発電所で起きた事故は、現在でも、避難生活を余儀なくされている人だけではなく、様々な困難と軋轢を全国各地で生み出している。「何をしていいのか分からないけれど、とにかく声を上げなければならない」。若者たちの小さな決意が、ひとつのツイートをきっかけに繋がってはじまった反原発デモ『TWIT NO NUKES』。その成り立ちと想いについて、中心メンバーの平野さん、竹中さん、黒澤さんに聞いた。デモに偏見を持っているひとにこそ読んで欲しいインタビュー。 後藤「まずは、TWIT NO NUKESの活動がどうやってはじまっていったのかを聞かせてください」 平野「最初は3.11があって、世の中がひっくり返るようなことが起こってしまったと思っていて、それからしばらく何をしていいか分からないような感じだったんですけど…。震災から2週間が過ぎた頃、
■5/30(水) 後編公開しました!!→記事はこちら 東日本大震災という大きな出来事を経験した私達は、これからどんな“未来”を作っていけるのでしょうか。「THE FUTURE TIMES」では、これから時間をかけて、様々な人の声を紹介していきます。今回は福島県出身で、東日本大震災以前から福島出身のミュージシャンたちと猪苗代湖ズを結成し、福島を盛り上げてきたクリエイターの箭内道彦さんに現在の福島への想いを伺いました。 ■対談実施 2012年2月2日 後藤「震災から1年、新しいスタートを切っている人たちも多い中、福島は原発の問題もあり、他の被災地とは違う重いものを抱えています。そういう中で今の現状を伝えいければと思って、今日は福島のスポークスマンである箭内さんにお話を伺いに来たんです」 箭内「僕はスポークスマンではないんですよね。福島で行われる復興会議的なものにも参加してないし、その動きもして
環境意識の高い国々と目されている北欧の国々のひとつ、フィンランドのオルキルオト島では、世界初となる高レベル放射性廃棄物の永久地層処分場の建設が進んでいる。今もなお、500メートルもの地中深くで建設が進められているこの処分場は、核廃棄物が完全に無害になる〈10万年後〉を想定して設計されているのだという。巨大なその地下施設で実際に撮影を行ない、科学者や多くの関係者たちに未来の世代の安全性を問いかけたのが、ドキュメンタリー映画『100,000年後の安全』だ。10万年後の安全どころか、次世代につなげる希望すらあやしい状況でもあるこの日本で、『100,000年後の安全』が描く技術と未来のシーソーゲームは、ちょっとしたモダン・ホラーのようにも見えてしまう。DVDでの発表を機に来日したマイケル・マドセン監督に、編集長・後藤正文が話を訊いた。 後藤「この『The Future Times』は、日本の若い人
2012年の5月5日、北海道電力の泊原子力発電所3号機が定期検査に入り、国内に50基ある原子炉は全て停止した状態になりました。この事実を喜ぶべきかどうかは難しいところだと思います。けれども、この初夏の時点においては、原子力発電所が一基も稼働していなくとも、私たちの生活が成り立っていることだけは事実となりました。ただし、燃料の調達費など、電力会社が抱えている当座のコスト問題は度外視してのことですが。もっとも、原子力発電を維持した場合の、廃炉や放射性廃棄物の処理に関するコストの問題も、ずっと無視されてきたのですけれど。 4月の29日、私は『TWIT NO NUKES』というデモに参加しました。このデモはツイッターで集まった個人の有志たちで運営されています。つまり、特定の団体が営利目的でやっているわけではないということ。誰でも参加できるデモ活動で、「特定の政治的スタンスに依ることなく、反原発/脱
東日本大震災から1年以上の月日が過ぎました。被災地と一言でまとめてしまうことのできない、様々な “現在地” 。私たちの日々の生活も、例外ではありません。『THE FUTURE TIMES』第2号では、未来に向かって、それぞれの “現在地” を考えるための言葉を集めています。――今回は、震災以降もアートや建築というジャンルの垣根を飛び越え、積極的な活動が注目される坂口恭平さんのインタビューを、創刊号からの続編として、スペシャルバージョンで届けします。 後藤 「このゼロセンターの家屋は、どんな契約で借りているんですか?」 坂口 「最初、15,000円ていわれたんですけど、30,000円にしたんです。俺の場合は、“太っ腹感”ていうのが重要ですから(笑)。 なんでもやっていいですか?と最初に聞いたら、なんでもやっていいですよって。そして期限もない」 後藤 「坂口さんは“なんでもやっていいよ”って言
後藤「最後に、音楽の未来についての話をできればと思うんです」 坂本「音楽活動でいえば、そんなに活動の形態は変わらないと思うけど。どうでしょうね。CDのセールスは、世界的にドンドン落ちてます。タワーレコードはアメリカではもう何年も前になくなってる」 後藤「NYから、レコード屋が全部なくなったみたいな話を、以前に聞いたような気がします」 坂本「『アザーミュージック』、ようするに違う音楽という象徴的な店名の店が、一軒だけありますね」 後藤「そうなんですね」 坂本「そこは、店舗では普通のCDショップでは買えないような、ちょっと珍しい音楽を扱っていて。オンラインでデジタル版も売ってます。そういう特殊な形、ほかで売ってないようなものを扱う場合は存在価値があると思うんだけど。僕は、インターネットが普及し始めた95年の時から“CDはなくなる”って言い続けてるんです。日本はまだわりとあるというか、AKBに投
後藤正文「率直に『snoozer』をやめると聞いてビックリしました」 田中宗一郎「ごめんなさい!」 後藤「でも、なんとなく流れとしては今やめるということもわかるような気もして」 田中「どういうポイントにおいて、そう思ってもらった感じですか?」 後藤「今の時代、音楽雑誌が機能しているとは、あまり思えないというか。機能の仕方も変わってきている。昔は“クラスタ”って言葉もなかったし、メディアとして“熱い”ものだったと思うんだけど。うまく言葉にできないけど中央集権的という意味で。例えば、『ROCKIN’ON』なら『ROCKIN’ON』に出たものがワーッと広がっていく様子って、20年くらい前には機能していたし、僕らもそれにワクワクしていた。そういうことが、インターネットの登場で再編されながらここまできたと思うんだけど。逆に今は音楽雑誌って、だんだん面白くなくなってきたっていうのが読んでいる側の皮膚感
東京から熊本に移住した建築家・アーティストの坂口恭平さんは、今年5月、原発事故の影響を避けて疎開する人々の一時避難施設『ゼロセンター』を設立。8月には東日本の子供達を招いて体を休息させる数日間のサマーキャンプも開催した。 —この『ゼロセンター』はかなり年季が入っていますが、立派な木造家屋ですね。 坂口「築80年ほどらしく、大家さんはこの地域の高校の元校長先生です。あまり手を入れずに少しずつ直しながら使っています。家賃は3万円。住む人がいないから“いつまでも借りていいよ”と。さらに半額でいいと言ってくれたけど、さすがに悪くて。そういう意味では、東京と比べて街に隙間があるんですね。『ゼロセンター』は僕の仕事場でもあり、みんなに開放している場所。だから“プライベートパブリック”な、個人が作る公共の空間と呼んでいます。半分は公園だから、アポなしで人が遊びに来ちゃう。こっちは仕事してんのに……とたま
東日本大震災という大きな出来事を経験した私達は、これからどんな“未来”を作っていけるのでしょうか。「THE FUTURE TIMES」では、これから時間をかけて、様々な人の声を紹介していきます。それぞれ手がけるフィールドは違っても、同じ時代に生まれた同じ世代では、通じ合うものがある――一貫したDIY精神で活動するミュージシャンの細美武士さんに、彼が思い描く未来とそこに向かう姿勢について編集長の後藤正文を交えて語っていただきました。 ――今日は未来について語って頂きたいのですが。 細美「……ないものだからね、未来って。過去はあったし、現在もあるでしょ。性質が違うと思うんですよ。だから、あんまり……未来って言っても、5年後や10年後と2000年後って違うし、本当に凄い未来のことを考えれば、宇宙すらなくなってしまうじゃない?」 後藤「今回のインタビューの視野としては、10年後くらい。若い子たちの
震災を経て、人々の意識が少しでも社会に向いている今。様々な分野で活動する人々の声が集まった、実際に手に取れるメディアを作りたい――「THE FUTURE TIMES」は、そんな思いから生まれた新聞です。どうしたら自分たちの世代、そして若い世代の人たちが色々な問題に目を向けて関心を持ち、新しい“未来”を作っていけるのか。そのヒントを探るため、建築家の谷尻誠さんに編集長・後藤正文が話を伺いました。 後藤「今日は、谷尻さんの設計事務所『SUPPOSE DESIGN OFFICE』の東京オフィスにお邪魔しました。玄関の自転車は谷尻さんの愛車ですか?」 谷尻「東京の街はこれで移動しています。電車のほうが遅いんですもん、待っている時間のほうが長いんで。僕は一見インドアっぽいけど、体育会系なんですよ」 後藤「確かに、ははは。今日は東京オフィスですが、拠点は広島に置かれているんですよね」 谷尻「ええ、基本
東日本大震災という大きな出来事を経験した私達は、これからどんな“未来”を作っていけるのでしょうか。「THE FUTURE TIMES」では、これから時間をかけて、様々な人の声を紹介していきます。それぞれ手がけるフィールドは違っても、同じ時代に生まれた同じ世代では、通じ合うものがある——ユニークなアイデアを紹介/発信するWEBマガジン『greenz.jp』編集長の兼松佳宏さんに、現代を生きる私達の新しい“繋がり”について伺いました。 兼松「5年前に、身近な暮らしから世界を変えるアイデアを紹介する『greenz.jp』という、ウェブマガジンを始めました。始めた当初は“エコスゴイ未来がやってくる!”をキャッチフレーズにしていたんですけど、次にリニューアルしたときには“エコスゴイ未来がやってきた!”に変更しました。なんだか僕たちの周りでどんどん新しい動きが始まってきた感じがしたんです。「“未来”は
森本「初めまして、光栄です。ようこそ『goen°(ゴエン)』へ!」 後藤「こちらこそ。ここは心地よくて素敵なオフィスですね。あれ、机の真ん中から本物の木が生えてる」 森本「これは「mono° goen°」という、造形作家の上岡祐司さん達とのプロジェクトから生まれた「en° 木(えんぎ)」という商品なんです。中に土も入っているんですよ。ほら」 後藤「本当だ、面白いなぁ」 森本「上岡さんとは、『到津(いとうづ)の森公園』(北九州市)で『どうぶつ郵便局』や『どうぶつポスト』を作っていて。みんなで考えたことを動物園で実現する『36のたとえば』という提案なんです。これからの私のテーマは“生命力”。動物的というか、土に帰るというか、なんだか泥臭い土の付いた根っこのほうに、未来を感じています。辿っていくと、一番初めにつながる根っこ、命が生まれるところに答えがあるのかなって」 後藤「すごく分かりますよ」
後藤 「木下君はいつドイツに行ったんだっけ?」 木下 「6月に10日間くらい、ひとりで行ったんですよ。僕はドイツに昔から興味があったんですよ。大戦のときに同盟国で、日本とドイツって同じ民主主義でもだいぶ違っているじゃない?」 今泉 「そうですね」 木下 「今回どうしてもドイツに行きたいと思ったのは、原子力問題で。これまで3割依存していたものを無くすと発表しましたよね? 先進国の中ですごく早く。実際、普通に生きている人たちはどう思っているのかなっていうのを知りたくて。それが今回、ドイツに行った動機ですね」 後藤 「実際、ドイツはどうなんですか?その辺りは進んでいますか?」 今泉 「原発をやめようとドイツ政府が決めたのは、20年くらい前ですね。メルケル首相は保守的で、キリスト教民主同盟が政権に座ってから、なかなか再生可能エネルギーを増やすのも大変だから、新しくは作らないけどもう少し原発を長引か
田中「さっき後藤君が言っていた“クラスタ”って言葉、以前なら、それに近い感覚を示す言葉が“トライブ”だと思っていて。いわゆる“族”ね。ただ、“族”の場合は、音楽だとか、服とかだけじゃない、ものの考え方そのものとも関係してる。例えば、モッズというトライブの場合、彼らが聴く音楽はアメリカのジャズとR&B。でも着る服はイタリアン・スーツ、そこにフレンチのタッチが入っている。尚かつ、ベスパやランブレッタみたいなイタリアのバイクに乗るっていうふうに、そのトライブの一員であることがすべてに影響を与えてる。でも“○○クラスタ”って言ったときには、あるひとりがいくつもの“クラスタ”に属してるんだよね。あるひとつの音楽に入れあげても、服装はそれに影響を受けないし、普段食べているものも影響を受けない。『食事をするときはこのクラスタ、ライブに行くときはこのクラスタ』っていうふうに。例えば、後藤君の世代だと、中学
震災を経て、人々の意識が社会に向いている今。様々な分野で活動する人々の声が集まった、実際に手に取れるメディアを作りたい――「THE FUTURE TIMES」は、そんな思いから生まれた新聞です。被災地復興に向けて、いち早く被災地に駆けつけ、今も支援活動を続けるTOSHI-LOWさん。現地での状況を目の当たりにし、“今生きるている”ということを見つめなおしたTOSHI-LOWさんが見つめる未来とは? TOSHI-LOW「未来について考えるためには、過去について考えたほうがいいと思っていて。よく言われる話だけど、自分の婆ちゃんがいなければ、母ちゃんは生まれてないし自分もいないわけじゃん。っていうのをたかが3代や6代くらい遡っちゃえば、明治や江戸にまで行くからね。もう何百年と人間がどんなふうに繋がってきたのか。それを自分の一番近いとこから考えるだけで、今度は自分の子供、孫ぐらいまで、100年後ま
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