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2009年11月7日のブックマーク (20件)

  • http://www.mammo.tv/interview/archives/no224.html

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  • 「シンポジウム『生成文法の可能性』レポ」への言語脳科学からの応答 - スウィングしなけりゃ脳がない!

    2008 年 11 月 9 日に専修大学で行なわれたシンポジウム「生成文法の可能性」に参加し、いつもブログ上でお世話になっている id:dlit さんともお会いすることが出来ました。お会いした感想としては同じく、若け〜というのと、やっぱり言語学の方はきれるな〜という。シンポジウム後はお互い多忙で、ゆっくりお話も出来ませんでしたが、またお会いする機会はあると思いますので、今後ともよろしくお願いいたします。 レポートは dlit さんがこちら (シンポジウム「生成文法の可能性」レポ - 誰がログ) で丁寧にやってくださっているので、僕は、そこで挙げられている質問にお答えしたいと思います。ちなみにここでの回答はあくまで僕個人の見解でありまして、所属する研究室や共同研究者の意見とは関係があるかもしれませんし、ないかもしれません(笑)。 さて、dlit さんのご質問として ある刺激に対して言語能力に

    「シンポジウム『生成文法の可能性』レポ」への言語脳科学からの応答 - スウィングしなけりゃ脳がない!
  • ヘンリー・シジウィック - Wikipedia

    ヘンリー・シジウィック ヘンリー・シジウィック(Henry Sidgwick、1838年5月31日 - 1900年8月28日)は、イギリスの哲学者、倫理学者である。 経歴[編集] 父 W.シジウィック師(没1841年)が文法学校 (grammar school) の校長をしていたノース・ヨークシャーのクレイヴン地区スキプトンに生まれた。彼は(親戚で後に義兄弟となりカンタベリー大司教にもなったエドワード・ホワイト・ベンソンが教師をしていた)ラグビー校、ケンブリッジ大学トリニティ・カレッジに学びここで彼の経歴は華々しいものになる。1859年、彼は、senior classic、33rd wrangler、chancellor's medallist、Craven Scholarになった。同年、トリニティのフェローに選ばれ、そこで古典学の講師になり、10年間その職についていた。1869年、その職

    ヘンリー・シジウィック - Wikipedia
  • 「形容詞 + です」という日本語の用法について - 蟹亭奇譚

    「形容詞 + です」 は誤用ではない 変な日語(1) 「危ないですから」-九十九式 電車に乗っていると、ホームでこんなアナウンスがよく流れてくる。 「3番線に電車がまいります。危ないですから、黄色い線の内側にお下がりください」 僕はこれを聞くたびに、強烈な違和感を覚える。電車には毎日乗るので、この襲い来る違和感と戦うだけで会社に着く頃にはヘトヘトになってしまう。 言うまでもなく、「危ない」という形容詞に直接「です」を付けるのは誤用だ。 変な日語(1) 「危ないですから」-九十九式 「危ないです」 のように、「形容詞 + です」 という表現は、文法的に間違った用法ではない。上記リンク先の主張の根拠として、以下の MSN 相談箱の回答欄が引用されているが、これに至ってははっきり 《間違い》 といって良いだろう。 昭和27年の国語審議会で「形容詞+です」表現を「許容する」としたときから、日

    「形容詞 + です」という日本語の用法について - 蟹亭奇譚
  • nagaitosiya.com

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  • メタ倫理学 - Wikipedia

    この記事は検証可能な参考文献や出典が全く示されていないか、不十分です。出典を追加して記事の信頼性向上にご協力ください。(このテンプレートの使い方) 出典検索?: "メタ倫理学" – ニュース · 書籍 · スカラー · CiNii · J-STAGE · NDL · dlib.jp · ジャパンサーチ · TWL(2011年12月) メタ倫理学(メタりんりがく、英語:metaethics)とは倫理学の一分野であり、「善」とは何か、「倫理」とは何か、という問題を扱う。規範の実質的な内容について論じる規範倫理学と異なり、メタ倫理学においては、そもそもある規範を受け入れるというのはどういうことか、ということについての概念的分析、道徳心理学的分析、形而上学的分析などを行う。 メタ倫理学の歴史[編集] メタ倫理学という分野は1903年G. E. ムーア が『倫理学原理』を出版したことを起点とする。そ

  • 言語学的自然主義の誤謬 - 誰がログ

    以下のブクマコメントでちょっと言い足りないと思ったのでちょっとだけ補足…って思ってたけど結局長くなったorz はてなブックマーク - 柳瀬尚紀を読んでからニヤニヤしている国語学者(とその追従者たち)を見るととてもげんなりさせられる - ハックルベリーに会いに行く 自然主義の誤謬はとりあえずwikipediaでも貼っておきますか。少し詳しい、っていうか専門的過ぎるかな。なじみの無い方ははてなのキーワードも見てみてください。 自然主義的誤謬 - Wikipedia 言葉(日語)に関する「正しい/正しくない/乱れなんてない/...」論争は自分の狭い観測範囲の中では(さえ?)よく見かけますが、とりあえず国語学/日語学/言語学の知見や研究成果を持ち出してきて、ある言語表現の「正しさ/美しさ」への理由付けや正当化をしようとするのは、言葉に関する自然主義の誤謬の一種なんじゃないかなあ、って前から思っ

    言語学的自然主義の誤謬 - 誰がログ
  • 柳瀬尚紀を読んでからニヤニヤしている国語学者(とその追従者たち)を見るととてもげんなりさせられる - ハックルベリーに会いに行く

    これを読んで、思ったことを書きます。「最近の日語は乱れている!」とか主張すると、なぜ国語学者はニヤニヤするのか。 - 小学校笑いぐさ日記 柳瀬尚紀という人がいるのだけれど、国語学者のあいだではこの人はどういうふうにとらえられているのだろうか? ぼくの知る限り、この人は日語の語彙に関しては一番豊富だ。また語彙以外の、日語の歴史や成り立ちなどについても相当に詳しい。 柳瀬尚紀は、ジェイムズ・ジョイスの「フィネガンズ・ウェイク」を翻訳した人だ。そして、このを翻訳するために、自分の中に膨大な量の日語を入れた人だ。英語の巨人であったジョイスに対抗するために、ありとあらゆる手段を使って日語という日語を自分の中に入れ、その語彙の量でもって(それだけではないけれど)ジョイスに立ち向かった。そういう人だ。 この人は、日語だけではなく、日文学のこともよく知っている。夏目漱石も森鴎外も二葉亭四

  • 「よろしかったでしょうか」についてちょっとだけ(むしろ情報求む) - 誰がログ

    ※相変わらず長い上にホントまとまってないです。 最近なんだか色んな言語系の人に読んでいただいているようで、言語ネタを書くのはもはや論文を書くより気が重いような気もするのですが。と一応恒例の言い訳をしておいて恥を晒す覚悟で書いてみます。 結構盛り上がってたみたいなんですが僕が最初に読んだのは以下の記事。 「よろしかったでしょうか」はやはりよろしくない - Living, Loving, Thinking で、その後これが↓元ネタらしいと気付きました。 これでも「よろしかったでしょうか」を認めない奴は何が不満なんだ! 実はそのNHKの番組はちょっと見ていたんですけど(というか見てたら勝手に始まった)すぐに変えてしまいました。井上史雄先生とか出てくるんだったらもうちょい見ておけば良かったかなー ちなみに個人的な内省を書いておくと、まあまあ許容する方かと思っています。たとえばハンバーグを注文したと

    「よろしかったでしょうか」についてちょっとだけ(むしろ情報求む) - 誰がログ
  • 東京猫の散歩と昼寝■年金の長いトンネルを抜けると選挙であった

    『日語に主語はいらない』というがある(金谷武洋 2002)。いくらか反感も買っているらしいが、読むとまさに目から鱗が落ちる。我らが言葉の正体もしくは極意を初めて掴んだ感じがする。asin:4062582309 英語の5文型というのはしつこく習ったから知っているだろう。ところが日語の文型を問われたら「はて」と首をかしげてしまうのではないか。まあ異常と言うべし。でも実は日語にも「名詞文・形容詞文・動詞文」という3文型がある。外国人の日語学習では一般的であり、実際みごとに合理的な分類になっている。 その3文型の例として、金谷がまず挙げるのが以下。 「赤ん坊だ」「愛らしい」「泣いた」 そうこれは文である。我々はこのような日語をよく使う。これで不足はない。そしてたしかにここに主語はない。これぞ日語の基というわけだ。もちろん上記は、「ポストに入っていたのは赤ん坊だ」とか「酔った勢いで書

    東京猫の散歩と昼寝■年金の長いトンネルを抜けると選挙であった
  • killhiguchiのお友達を作ろう

  • 2009-10-16

    TOEIC終わったら途中までしか読んでいないので、最後まで読もうかと思っている『統治と功利』 著者の安藤馨氏の顔写真と直筆の研究紹介が見つけたので引用 出典は、東大が2009年に唯一採用されたグローバルCOEプログラムのu-tokyo.ac.jpドメイン内の特設ページにアップされてるニュースレター(pdf) 東京大学グローバルCOEプログラム 国家と市場の相互関係におけるソフトロー ウェブサイト PDF:1,939KB 以下引用。 2004年に東京大学法学部を卒業後、大学院法学政治学研究科修士課程、同助手・助教を経て、2009年4月よりGCOE特任研究員を務めさせていただいております。 私の専攻は法哲学です。私自身の専門分野はその中でもメタ規範論・帰結主義的倫理・法概念論といった極く抽象的な理論分野ですので、ソフト・ローという、生の社会的事実からなる対象に新鮮な心持で接しています。ソフト

    2009-10-16
  • 木下順二『夕鶴』の方言 | CiNii Research

  • 訃報 木下順二氏 - ウィキニュース

    【2006年11月30日】 毎日新聞などによると民話を基にした名作『夕鶴』や壮大な叙事詩劇『子午線の祀り』など戦後演劇を代表する戯曲を書いた劇作家、小説家の木下順二さんが同年10月30日に肺炎のために東京都文京区の病院で死去していたことが29日にわかった。92歳だった。葬儀は故人の遺志により行わなかった。 毎日新聞、朝日新聞によると順二さんは1914年東京都郷生まれ。自宅は東京都文京区。朝日新聞によれば、お別れ会は来年4月に、故人の『沖縄』の公演に併せて行うことを、劇団民藝が予定している。 出典 アサヒ・コム 『故木下順二さんの「お別れの会」、来年4月に』 — 朝日新聞, 2006年11月30日 アサヒ・コム 『劇作家の木下順二さん死去 「夕鶴」「子午線の祀り」』 — 朝日新聞, 2006年11月30日 『木下 順二さん(きのした・じゅんじ=劇作家)』 — 北海道新聞, 2006年11月

  • 岸田国士 戯曲(発表年順)

  • 岸田國士 沢氏の二人娘

  • 岸田国士 - ウラ・アオゾラブンコ

    岸田国士 【きしだ・くにお】 劇作家、小説家、評論家、翻訳家。明治23年11月2日〜昭和29年3月5日。東京四谷に生まれる。明治45年、士官学校を卒業。軍隊生活を送るも、学生時代からの文学志望やみがたく退職。大正6年、東大仏文選科に入り、フランスの古典、近代劇を学ぶ。大正9年、フランスに渡り、ジャック・コポーが主宰する小劇場ヴィユ・コロンビエ座などに出入りする。大正12年に帰国し、「チロルの秋」(大正13)、「紙風船」(大正14)などを発表。その機智に富んだみずみずしい戯曲は、それまで北欧やロシアの暗い外国近代劇になれていた劇界に革新をもたらした。その後も理論と実践の両面で精力的な活動を展開し、日の現代劇運動に大きな功績を残した。また「暖流」(昭和13)などの長編小説や、ルナールをはじめとする翻訳も多く発表している。昭和29年3月5日、脳出血により死去。享年63歳。代表作は「チロルの秋

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