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中東情勢
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宮田 善孝と佐藤 雄介。ふたりはfreeeでプロダクトマネージャーをまとめるPO(プロダクトオーナー)という役職に就いています。そんなふたりが入社したのはまさにPM組織の再構築をしようと動いていたタイミング。カオスの中、ふたりは何を感じていたのでしょう。そして、その経験から得た成長とは。 PM組織の構築に心引かれ、freeeへ ▲宮田(左)と佐藤(右) 宮田はこれが4度目の転職でした。DeNA・Accenture Strategy・SmartNewsなどで主に戦略コンサル・データマイニング・BtoCのPMを経験したのち、2019年3月にfreeeにやって来ます。 宮田「実は以前もfreee の面接を受けたことがありました。2018年、当時面接してくれたCFO・東後 澄人に『いいポジションないですか?』と聞いたところ、エンジニア組織からPM組織を切り離し、再構築に動いているとのことでした。
2020年10月に入社した多田 正。30年のキャリアの中で、開発エンジニアや、サイバー攻撃の研究者として長く活躍してきた彼は、freeeのPSIRTを立ち上げ、その責任者を務めるキーパーソンです。そんな多田の軌跡と、セキュリティという責任ある仕事への思いを紹介します。 オープンソース界での活動が目に留まり、セキュリティ専門の研究所へ (前職時代の多田) 多田がインターネットに出会ったのは、30数年前、大学4年生のころでした。 多田 「正確にいうと、まだ一般向けにはインターネットが解放されていなくて、ホストコンピューターに電話回線を繋ぐ『パソコン通信』と呼ばれるものを利用していました。研究室のパソコンでプログラミングを覚えたんです。 ゼロから自分でモノが作れて、動いて、コピーするだけで人に使ってもらえて、おまけにいくらコピーしても減らない。当時はある種の全能感のようなものを感じていましたね」
どう開発するのか、ではなく、 何を開発するのか。 全てを見渡し、その絵を 描ける人を増やしていきたい。 横路 隆 CTO ユーザーに対する価値を純粋に追求する。それが全て 今の時代は、ユーザー価値から新たなマーケットが生まれ、そこにビジネスが成立する世の中になってきているように思います。マーケットを決めてとにかくアウトプットをたくさん出して、悪いものを捨てていく手法が通用しなくなり、本当に価値のあるプロダクトだけに人が集まる。そういう時代に変わりつつあります。 私たちも、売上目標から経営戦略を引くのをやめました。プロダクトビジョンから経営戦略を描き、そのビジョンを達成しながらビジネスとしても成り立たせていく。その中でエンジニアリングがどうあるべきかを常に考えています。ユーザーに対する価値を純粋に追求する。それがエンジニアのミッションであり、目指すものの全てです。 freeeは創業から一貫し
開発チームのミッション社会を自由にするコード。 エンジニア一人ひとりの力で、社会をより自由にするために。 私たちのアプローチは 日本企業の99.7%を占める中小企業・スモールビジネスに従事する方々に テクノロジーの力で新しい働き方を提供していくこと。 業務の自動化を進めることで、ミスや無駄な作業をゼロにする。 経営データを可視化することで、社会の変化に即したリアルタイムな意思決定を可能にする。 そして、遊び心や楽しさを感じてもらうことで、よりクリエイティブに仕事をしてもらう。 しがらみがなくスピード感をもってアイデアを具現化するスモールビジネスは、 個人の自己実現のツールであり、社会にイノベーションを生み出す源泉でもあります。 多くの人たちがスモールビジネスにチャレンジしやすくなることで、 より多様な働き方を選択できる世の中にしていく。 世の中のためのアイデアを自らの技術力で形にして、 社
2020年現在、freeeのIRチームで研鑽を積む重光 佳乃。 米国の大学で学び、帰国後日米のギャップに悩む中でfreeeと出会います。入社後カスタマーサポートに従事し、SVとして数多くの業務を抱える中で、ある悩みを抱えていた重光。困難をどう乗り越え、そしてIRに転身した今何を目指すのか、紐解きます。 帰国後の就活ギャップ──打開のきっかけはfreeeとの出会いだった (大学時代、ホストファミリーと) 重光は高校卒業後、アメリカの大学に進学しビジネスを幅広く学んだあと、卒業後半年間、会計事務所でインターンをしていました。 重光 「もともと海外で働きたいと思っていたんです。アメリカはインターンやボランティアの活動をしていないと就職につながらないカルチャーがあるので、実務経験を積んでいました。そんなとき、家庭の事情で日本に帰ることになったんです。 帰国後、少し時間を置いてから就職活動をはじめた
クレジットカード起点でお客さまのペインを解決──金融開発チームの挑戦とスタイル2024.04.17 # エンジニア# 金融# クレジットカード# freeecard# Go# 開発# スクラム開発 やりたいことがまだまだある——freeeのPdMが語るモバイルチームの存在意義と未来2024.03.25 # プロダクト# PdM# mobile# モバイル# プロダクトマネージャー freeeを統合型経営プラットフォームを提供する企業として突き抜けた存在にするために——CFOからCPOに役割を変えた東後が今考えていること2024.03.22 # プロダクト# PdM# PM# CPO# CFO# COO# 役員# マネジメント# 投資# 意思決定
個人事業部のマーケティング部門でのインターンを経て、18年新卒として入社した大杉 雛子。一度インサイドセールスを経験し、再び個人事業部のマーケティングに戻りました。そんな彼女が結果を出すまでには、相手を理解するためのさまざまな努力がありました。今回は、努力が実を結ぶに至った大杉の成長をたどります。 スモールビジネスが強い社会はきっと、マイノリティも生きやすい ▲ トロント留学時代 学生時代はカナダに留学していた大杉。帰国したのは大学4年の6月で、同級生のほとんどは就活が終わっている時期でした。 大杉は夏採用している企業を探し、商社にエントリーします。 大杉 「プロジェクトごとに環境が変化するような仕事の方が、自分に合ってる気がしたんです。しかし、最終面接で落ちてしまいました。そのくらいの時期に、たまたまfreeeのHPを見たんです。そこには、『スモールビジネスに携わるすべての人が創造的な活
freeeで新卒のUX(User experience)デザイナーとして活躍する服部 有里は、freeeの製品・サービスを通じて、ユーザーが得られる体験を設計・構築しています。服部がデザインを生み出す上で意識し、「freeeらしさ」をデザインに取り入れるために心がけていることとは── どう表現したら、どう伝わるか──人間中心設計を体現した学生時代 (バンド活動をしていた大学時代) 服部が自分の考えや想いを『どう表現すると、どう伝わるか』に興味を持ったきっかけは、高校時代にありました。 服部 「音楽系の部活で指揮者として部全体を引っ張る役割でした。基礎を踏まえた上で、表現は自分で考えていたんです。そこで指揮者として『どう体で表現したら、演者にもお客さんにも伝わるか、自分の思っている通りの演奏になるか』を考え抜きました。 また、部員に配る資料も手作りで、言葉遣いや構成を工夫した記憶があります。
freeeのアクセシビリティ。できないことができる世の中に ー freeeエンジニア・ymrl、nakaneインタビュー こんにちは、採用広報の西木です。 freeeではアクセシビリティの向上に取り組んでいます。 アクセシビリティとは、あるサービスや製品などを「どんな人でも、どんな環境でも利用しやすいかどうか」を示す度合いのことで、高い・低いで表します。アクセシビリティが高いものは障害者や高齢者も使うことが可能で、一般の人が一時的障害(メガネがない・骨折した・屋外でスマホが見づらいなどの突発的な事象)時にも使えるものも含みます。 今回はアクセシビリティに取り組む2人のエンジニア、ymrlとnakaneにインタビューを行いました。 (撮影:一居 武(Takeru Ichii)) 【左】 ymrl(Rei Yamamoto) 1988年生まれ。慶應SFC修士課程修了後、ゲームベンチャー企業を経
職場環境と制度 freeeではよりクリエィティブな 仕事ができるよう福利厚生や社内人事制度など こだわりを持って設計しています。 freeeのコミットメント freeeは「マジ価値を届けきる集団」である マジ価値(本質的(マジ)で価値ある:ユーザーにとって本質的な価値があると自信を持って言えることをする。)
普通の大学生がデザイン未経験でfreeeのUXインターンを始めてグッドデザイン賞を受賞するまでの軌跡2017.11.28
プロジェクトストーリー実際にあったプロジェクトの流れにそって、freeeではどんな仕事にチャレンジできるのか、どういったメンバーが集まり、どのように力を合わせて課題を乗り越えてきたのかをお見せします。 これまでのプロジェクトを見る
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