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オーストリア生れの精神分析学者。 ウィーン大学卒業後、ウィーン精神分析診療所で、精神分析とマルクス主義の統合を目ざして活躍する一方、精神分析技法ゼミナールを主宰して、研究と指導に専念した。患者の態度やふるまいに現れる性格抵抗 (主要な抵抗) に注目した〈性格分析〉の理論と技法とを追求して、 《性格分析》 (1932) を発表し、古典的精神分析から現代の自我心理学的精神分析への発展の端緒を切り開いた。社会学的見地に立ち、社会適応を重視した性格形成論、性を社会的抑圧から解放し、〈性器性欲の優位性〉を確立して、健康なオルガスムの体験能力を獲得することこそ健康の基盤であるとする性革命理論などが知られている。 著書はほかに《衝動的性格》 (1925)、 《ファシズムの大衆心理》(1933)、《セクシャル・レボリューション) 》(1945) など多数にのぼる。 ライヒは子供時代に関してあまり語
インディアナ大学の動物学者。昆虫の研究で大きな功績があるが、今日名前が知られているのは性科学者としてである。 1937年に結婚に関する講演を頼まれた時に、セクソロジーに対する関心を高めた。 性行動にたいする既存の知識は貧弱であり科学的妥当性に欠けていることを見出し、主として面接形式によるデーター収集法を発展させた。最終的に、白人アメリカ人における、マスターベーション、同性愛、婚前セックス、女性のオルガスムの本質等の研究に対し統計的基礎を提供することになる。 大学自体もキンゼイの研究を推奨、性科学研究所(Institute for Sex Research, Inc. (ISR))を設立(1947)。 研究の成果は、『男性の性行動』(1948)、『女性の性行動』(1953)、に発表された。二冊は『キンゼイレポート』として後世に名を残すことになる。 キンゼイは、ピューリタニズムな紳士土
男性の中の女性像。(アニマ Anima) 女性の中の男性像。(アニムス Animus) 男性における女らしさ、女性における男らしさである。 アニマとは本来ラテン語で〈魂〉を意味する語。スイスの精神医学者ユングが分析心理学の用語として用い,現在ではその意味で使用されることが多い。 ユングは夢分析の際に,男性の夢に特徴的な女性像が多く出現することに注目して,そのような女性像の元型が,男性たちの共通のイメージ(普遍的無意識)に存在すると仮定し,それをアニマと名づけた。 女性の場合は夢に男性像が現れ,その元型がアニムス (アニマの男性形) である。 男性も女性も外的には社会に承認されるために、いわゆる男らしいとか女らしいという仮面(ペルソナ)をつけているが,内的にはその逆のアニマ (アニムス) のはたらきによって心のバランスを保っている。 男性は大人になるにつれて、自分の中のア
普遍的無意識とは、ユングによる分析心理学の用語。〈集合的無意識〉ともいわれている。 人類に共通している心の層、である。 ユングは無意識を二つに分けて考えた。 ・個人的無意識---- 個人の中で忘れてしまった記憶の内容、意識によって抑圧された内容(性欲・殺人願望他)など。 ・普遍的無意識----人類に共通している心の層。全世界に共通している神話的なイメージ(どの国にも神話や伝説が存在している)。われわれの祖先の経験が遺伝したものと考えられている。 S.フロイトの無意識概念がもっぱら個人的無意識を強調するものであったので,ユングの考えは受けいれられず、両者が決別する一因ともなった。 ユングは、人間がみる幻覚や妄想の内容が全世界に存在している神話の内容と極めて似ている事実を見いだし、そのことから普遍的無意識の存在を主張するようになった。彼はその内容として元型の存在を主張したのである。
セクソロジー(Sexology:性科学)のHPへようこそ♪ ここは管理人:冬宮(とうきゅう)が、性の心理学的研究を紹介している空間です。 90万ヒットしました皆様のご来場ありがとうございます(2007.11.24) サド(1740-1814) サディズムの起源 マゾッホ(1836-95) マゾヒズムの起源 クラフト・エービング(1840-1902) 犯罪心理学の創始者 S・フロイト(1856‐1939) 人間は性に支配されている?精神分析学の創始者 エリス(1859-1939) ナルシシズムを作った、性科学(セクソロジー)の創始者 マグヌス・ヒルシュフェルト(1868-1935) 同性愛研究の先駆者 C・G・ユング(1875‐1961) 性と宗教を深く考察した分析心理学の創始者 キンゼイ(1894-1956) 性行動調査を初めて行った動物学者 ライヒ (1897‐19
スイスの精神医学者。 分析心理学の創始者。 ケスウィルに牧師の子として生まれ、クラフト・エービングの著書に影響を受け精神医学の道へ進む。バーゼル大学医学部卒業後、チューリヒ大学の精神科でブロイラーの助手となり言語連想法の研究で有名となる。 S.フロイトの《夢判断》を読み感激したユングは、 1907 年にフロイトを訪ね、両者は協調して精神分析学の建設と発展に寄与。 10 年、国際精神分析学会の会長になるが、 12 年に発表した《リビドーの変遷と象徴》によってフロイトとの考えの相違が明らかとなり、論争を重ねた末に訣別する。 その後、13‐16 年にわたって、強い方向喪失感に襲われ、創造の病ともいえる内的危機に直面する。(この時、彼の机の引き出しにはリボルバーが用意されていた) この時期に彼自身が体験した〈無意識の対決〉を基礎として、それに学術的検討を加えることによって、彼独自
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