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1 右翼に極左にインチキ宗教家……。 プロレスという絆に結ばれた フリークたちの”素晴らしき日曜日”! 妖しい熱を帯びた、ただならない気配が、満員の後楽園ホールにどろんとよどんでいる。10月10日日曜日。午前11時から始まったジャパン女子プロレスの試合会場に足を運んだファンは、男ばかり約3千人。女子プロレスの会場にはつきもののローティーンのギャルの姿はほとんどない。 見るからに<おたく>風の少年がいる。昼間から酒をあおって赤ら顔のオッサンがいる。いかにも屈折に屈折を繰り返して、マイナーの袋小路に迷いこんでしまったといった顔つきのプロレス者(もの)もいる。ひとくせもふたくせもありそうな面子ばかりだ。会場が普段よりも薄暗く感じられるが、それは照明の加減のためではおそらくない。ホールを埋めつくしている男たちの、不気味なまでに地味な装いのせいだ。『メンズノンノ』を定期購読していそうな、おしゃ
「スポーツ批評」4 1987 窓社 世界を席巻するか"テコンドー" 空手をしのぐ競技人口 テコンドーって知っている? 見たことある? そう訊いて、自信をもって「うん」とこたえる人には、まずめったにお目にかかれない。もっとも最近ではソウル・オリンピックについての情報が増えてきているので、テコンドーが"空手によく似た韓国の格闘技"であり、"ソウル・オリンピックにオープン種目として初参加することが決定している"とこたえられる人も、いなくはない。 だが、そんな人のうち、実際にテコンドーの試合を目のあたりにしたことがあり、ヴィジュアル・イメージを即座に脳裏に描ける人がどれだけいるかといえば、これはきわめて少数である。 それも無理はない。日本国内にテコンドーの専門道場は、わずか20カ所あまりしかなく、大学の体育会のクラブは一つも存在しない。日本国内の競技人口は、女子や少年を含めても約3千人
取材協力=土屋敦 医療費値上げの前に必要なこと 「約27兆円にのぼる保健医療費のうち約3割は不正請求」という 現役指導医療官の衝撃的な発言を掲載し、 雑誌初出時に大きな反響を巻き起こしたルポルタージュ。 ここに、「不正請求疑惑」追求の減点がある。 97年9月1日から、各保険制度の財政赤字を理由に、患者の自己負担増を軸にした新保険制度がスタートした。これにより、サラリーマンや公務員の医療費における本人負担分は、従来の一割から二割に倍増する。薬剤費も、従来は負担ゼロだったのが、一日分につき2〜3種類なら30円、4〜5種類60円、6種類以上は100円を患者本人が負担しなければならない。高齢者の入院時の負担も、現行では1日710円のところが1日1000円になり、98年には1200円までアップする。 政府管掌健康保険(中小企業のサラリーマンなどが加入)の保険料率も、8・2%から8・5%に引き
「宝島30」 1993.12 前後編企画・誰も書かなかった「角川家の一族」 角川春樹 地獄の家の秘密その2 父の不倫、母の不倫 母との別離が、角川春樹に何をもたらしたのか、それを理解するのはさほど難しいことではないが、しかし、どんな事情で母と生き別れなければならなかったのかという疑問に答えるのは、そうたやすくはない。 だが、『花冷え』を読むかぎり、答えは明快である″母の不倫の発覚、それこそが離婚の直接のきっかけに他ならない。 すでに明らかなように、この私小説は、少なくとも疎開先の富山を舞台にした前半はほぼ、事実に即したものである。となれば、戦後の東京での生活を中心とした後半も同様であろうと考えるのが自然である。であるならば、作者・辺見じゅんの分身である主人公の亜紀が、家庭教師・三村のもとへ出かけていった際に目撃した場面も、作者自身が体験した実話なのだろうか。 <「ごめんください」云いかけて
我が息子、 春樹への「遺言」 鈴木冨美子 これは私の遺言でもあります―― 幼い春樹や歴彦を奪われた実の母が今、初めてすべてを明かす! 御本人には失礼な話なのだが、「角川家の一族」(『宝島30』12月号)の取材をしている間に、既に他界されたという噂を耳にした。生年を考えれば、亡くなられていても、確かに不思議はない。角川春樹は産みの母について、どこかで<幻の母>という表現を用いて語っていた。実在の生母は、文字通り<幻の母>となってしまっていたのかと、わずかに感傷めいたものがよぎった。と同時に、映画『人間の証明』の公開時に一度だけ、マスコミで取り上げられ、その後は世間から忘れられていた人のことであれば、むしろそれが自然なことでもあるように思えた。 健在であると分かったときには、だから――重ね重ね失礼だが――かえって不思議な気分にとらわれたものである。知人の方を通じてお会いしたいという希望を伝えた
「ナチ『ガス室』はなかった」の筆者・西岡昌紀とは何物なのか? どこまでも西岡氏は「いいひと」だった。そしてたぶんこうした無邪気な「善人」を、多くの日本人は決して嫌いはしないだろう。罪の自覚を欠いたその無邪気さは、私たち自身の中にも間違いなくある。 封筒の表にも裏にも、赤いマジックで「重要! 必ずおわたし下さい!」と大書されている、一種、奇妙な郵便物が昨年の7月、月刊『現代』編集部に届いた。郵送先は同誌編集部だが、宛名は「岩上安身様」、つまり私である。送り主の氏名に覚えはない。どうやら読者からの手紙らしい。封を開くと、中からは15枚のワープロ打ちの文書をコピーしてホッチキスでとじた、アジビラかパンフレットのようなものが出てきた。 内容はとくに私個人に向けられて書かれたものではない。「今世紀最大の報道操作」と題して、特定の政治団体にも宗教団体にも属していないことを強調した自己紹介に始まり、
「Number 246」 1990.July 5 ベルリンの壁崩れて沈黙を破った レニ・リーフェンシュタール「民族の祭典」監督 が語る”政治とオリンピック” 1936年ナチスの鉤十字旗がひるがえるなかで開催された第11回ベルリン大会はかつてない絢爛さで世界を圧倒し、その記録映画「民族の祭典」は喝采をもって迎えられた。しかしナチス・ドイツの崩壊とともに、ドキュメンタリーの最高峰と讃えられたこの作品はファシズムのプロパガンダ映画と貶められ、監督リーフェンシュタールにはナチ協力者としていわれなき中傷が浴びせられた。政治と芸術の狭間で数奇な運命をたどった一人の女性の真実に迫る。 開いている車窓から、綿毛が舞い込んでくる。ドイツはいま、ポプラの種子が空を狭しと飛びまわる季節だ。ミュンヘン中央駅から乗ったS−BAHN(市街鉄道)は、初夏の青々とした木立の間を通りぬけてゆく。家並みは、その木々の間にゆっ
オウムvs米軍 「最終戦争」 シミュレーション オウムの大規模なサリン・テロが発生した場合、 極東のパワー・バランスはどのように変化するか? 北朝鮮の南進、 ロシア軍の北海道侵攻はあり得るのか? アメリカ政府関係者がはじめて証言する、 冷酷な軍事シミュレーション! 都内のJRの駅前で待ち合わせ、「駅のそば」の丸井のコーヒーショップへ。買い物客もまばらな、いたってのどかなウィーク・デーの昼下がり。在日米軍のベテラン情報機関員と話をするには、もっとも似つかわしくない間の抜けたシチュエーション――。 温和な表情と物腰。静かな、柔らかい声で、穏やかに、かつ明晰に語る人物だった。にもかかわらず、話を聞く間、肌が粟立つのを私がおさえられなかったのは、彼の話の内容そのものが、私たちのぬるい日常に亀裂をもたらす衝撃力を備えていた空に他ならない。 彼の所属している機関の名称、彼の名前、年齢、肩書き等は一切明
危機を察知して、しかるべき行動を取るのは簡単なようで実は難しい。変化を読み取り、惰性に抗うのもまた容易ではない。 「危ないと思っていましたが、まさかこんなにあっけなく潰れるとは思いませんでした」と、田口一郎(仮名)氏は語った。元山一證券人事部の中間管理職。48歳。 「突然、会社が消滅するというショックといったら、大変なものですよ。『冗談じゃない、俺の将来はどうなるんだ!?』という気持ちで一時はパニック状態でした」 驚きと混乱のあとから、怒りと不安がこみあげてきた。しかし、時間がたち、落ち着きを取り戻すと、「なるべくしてなったんだな」と思い始めたと田口氏は言う。 「たぶん、ほとんどの社員が同じ思いではないでしょうか。上司にゴマをするのがうまいイエスマンだけが、出世する会社でした。社員同士の人間関係も、ぬるま湯につかっていて厳しさに欠けていた。経営者だけでなく、危機意識に欠けていた社員
取材協力=土屋敦 20億円詐取、不正請求の手口を徹底追及! 逮捕直前! 安田病院院長直撃インタビュー 「ここは本当に病院ですか?」 ある入院患者は思わずそうつぶやいた。 診療報酬の不正請求、無資格診療、でたらめ投薬、職員の暴行で死に至った患者…… そこではありとあらゆる「犯罪」がうずまいていたにもかかわらず、長い間見逃されてきた。 日本医療界の暗部が露呈し、大きな関心を呼んだ事件の核心にせまる! 「不正があったというなら、医療監視に入った時に、なんで言わんのや。昔のこと持ち出してきてカネ返せ、と今頃言うてもあかん」 「日本は法治国家やから、法には従います。けれどカネは返さへん。職員の水増しは一切やってない。強制捜査、やったらよろしい。白黒はっきりして大いに結構」 老獪(ろうかい)と思いきや、だだをこねる子供のような言い種(ぐさ)を口にする。不安な表情や悪びれた様子は一切みられない
「宝島30」 1993.12 前後編企画・誰も書かなかった「角川家の一族」 角川春樹 地獄の家の秘密その1 春樹が自らの「狂気」の源だとする「無頼の血脈」とは?それをたどる筆者の前に現れる恐るべき真実の数々! 父・源義の乱れた「女性関係」、「妻妾同居」させられた春樹の実母の悲劇、春樹の異母妹の突然の「自殺」、そして、角川家が必死に隠し通してきた忌まわしき「惨劇」! 「10月27日 快晴――父が死んだ」 そんな書き出しから、角川春樹は「父へ」という短いエッセイを始めている。 <父の血圧は異常に下がり、蝋燭の火が消え入るような心細い息を吐き続けていた。生と死が肉体の中で戦っていた。生は死に圧倒され、心臓に直接注射器が打ち込まれ、思わず神に叫んだにもかかわらず、食い入るように見続けていた心電図は、午前11時58分、遂に空しく黒い直線を描き出した。外は清々しい秋の街だった> 1975年(昭和50年
MIGHTY ATOM, You still give us dreams 手塚治虫の没後、夫人、子息によって、家庭を顧みないといっていいほど仕事に生きた夫像、父親像が語られてきた。やはり、超人・手塚治虫の素顔は、仕事場にこそあったのではないか。そこで仕事場で20年にわたり陰で支えてきたチーフ役の福元一義氏はじめ、仕事で関わった舞台裏の人々に超人の素顔をはじめて明かしてもらった。ようやく、手塚のベールが、はがされようとしている。 あの日、福元一義は、埼玉県新座市の、武蔵野の面影を残す雑木林の中に新しく建てられた手塚プロのスタジオの一室にいた。他のスタッフは全員、昼食に出払っていて、部屋には福元ひとりきりだった。作業をしながら、常時つけっ放しにしてある18インチテレビを見るともなく見ていると、三井物産の若王子氏死亡のニュースのあと、アナウンサーが臨時のニュースをあわただしく読み上げた。 本
「別冊宝島」476 1999.12.30 「隣のオウム真理教」 最新組織内情勢ヴァジラヤーナは眠らない すべての道は殺人教義につながっている! 最高意思決定機関・長老部の内実から、コンピュータ周辺の潜在能力、Eメールネットワークの存在、地下鉄サリン事件以前とは異なる確信犯的な信者体質まで! オウムの危険性は消えたか? 「マインド・コントロールは解けたと、自分では思ってます」と、オウム真理教を脱会した元出家信者のA氏は語った。95年末の話である。 「でも麻原尊師に対する<信>が自分の中から完全に消えたかというと、そうとは言い切れない。僕は『97年にハルマゲドンが来る』という尊師の予言が、どうしても気になる。97年が無事に過ぎるまで、尊師はペテン師だったと決めつけることはできない」 それから2年が経ち、97年がつつがなく過ぎた。「核戦争が勃発して、人類の9割は死ぬ」という麻原の予言は、周知
早川ノートと 理念なき「内乱」 「革命」だというならば、理念と大衆の支持がなければならない。 「クーデター」だとするならば、 国民をテロの対象にしてはならない。 だが「犯罪」だとしても、 社会の消滅を目指すような「罪」を法は裁けない。 麻原のやろうとしたことは、いったい何だったのか!? 先月号で、私は独自に入手した「早川ノート」の原文コピーにもとづき、オウムがこの95年11月に、東京上空からヘリ等によって、大量のサリンを散布し、日本の政治・行政・治安機構の中枢を完全に破壊すると同時に、東京都民を皆殺しにするという狂気のテロ計画を企てていた、と述べた。実際、今年3月に行われた強制捜査があと半年ほど遅れていたら、この計画が実行に移されていたことはまず間違いない。サリン原料の調達・製造・運搬・そしてヘリのチャーターに至るまで、オウムはこの計画に必要な準備のすべてをすでに完了していたのである。 <
オウム「11月戦争」の恐怖(前編) 「95年 11月戦争」 まさに今月、私たちは頭上からサリンをバラまかれ、 皆殺しの憂き目にあっていたかもしれない……。 「早川ノート」の詳細な解析からオウムの「戦争計画」を検証する 力作ノンフィクション! オウム真理教内部での凄惨なリンチ殺人が、次々と明るみに出されてゆく。しかし、安否が確認されていない行方不明の信者の数は約40人にものぼるというから、「ポア」されてしまった犠牲者の数は、今後も増え続ける可能性が高い。 この原稿を書いている10月28日現在、指名手配中の地下鉄サリン事件実行犯は、林康夫容疑者をはじめ、三人が未逮捕のままである。広域暴力団の影がちらつく――というよりもその関与があからさまな――村井刺殺事件の背後関係の解明も進展がみられない。その他、武器の密造・密輸や、VXガス殺人、幻覚剤・覚醒剤などの不法な製造、投与、売買など、オウムの犯罪の
「諸君」 1997.1 お粗末な学究か安手のデマゴーグか。 麻原を擁護しレーニンを礼賛する男の「ペンの詐術」 中沢新一「レーニン礼賛」の驚くべき虚構 冷戦が終結した89年からすでに7年、91年末のソ連崩壊から数えても5年も経つのに、日本の政界はいまだに余震と残響の中にある。冷戦の終結とソ連の崩壊という世界史的な地殻変動がいかにおおきなものであったか、改めて思い知らされる。 冷戦体制の、日本国内における投影である55年体制が崩れたのは、ソ連崩壊から2年後の93年だが、それから約3年の間に、内閣が変わること5たび。そして今回の選挙では、ついに旧社会党が事実上、消滅した。なし崩しの自滅といってしまえばそれまでだが、それにしても、半世紀の歴史を有する旧社会党が泡のようにあっけなく消滅してしまった光景を見ると、いささかの無常感と、それに倍する腹立たしさを覚えずにはいられない。死ぬなら死ぬで、死に方
「ソ連と呼ばれた国に生きて」 ISBN 4-7966-0399-9 1992年発行 岩上安身/古田光秋/片岡みい子/正垣親一 共著 発行−JICC出版局 在庫なし(2002年3月現在) 「医者が金持ちになる本当の理由」 PROLOGUE ヒポクラテスの誓いに背きし者 空前の20億円詐取、不正請求の手口を徹底追及! その1 逮捕直前、安田病院院長直撃インタビュー その2 安田病院の実態と院長の「本当の仕事」 その3 安田病院の体質 その4 かくも長き「医療監視」の不在 PART3 『脳内革命』で500万人を騙した春山茂雄院長の「大罪」 岩上安身+『週刊文春』特別取材班 平成最大のベストセラー 『脳内革命』の虚構を暴く!/春山式ビジネス、その錬金術のすべて/すべての疑問を問い質す! 激突!春山茂雄院長5時間ロングインタビュー/「私は春山茂雄の『共犯者』だった」 新宿マインズタワ
「Asahi Shimbun Weekly AERA」現代の肖像 24 Jul. 1990. 石ノ森章太郎 漫画はあらゆる表現が可能と宣言 「歴史というのはもともとどこかうさんくさいんだよね」 仮面ライダーで大ヒット いま漫画の可能性を広げようと 『マンガ日本の歴史』全48巻に取り組む 会場の聴衆の中から手があがる。「幼稚な質問で恐縮ですが」と、50代半ばの男性がおずおずと質問する。 「若い人がものすごいスピードで漫画を読んでいるのをよく見かけますが、あれはどうやって読んでるんでしょう。字から先に読むのか、絵を先に眺めるのか……」 ハンカチで汗をぬぐう。自分の子供にもたずねそこねていた疑問なのだろう。確かに「幼稚」な質問ではある。が、壇上の石ノ森章太郎は、面倒くさそうな様子も見せず、穏やかな笑顔でこたえる。 「よくわかります。40代後半から上の世代は活字世代で、ここに集まられた方々は
「wired」 1997.2 公開された覇者のアルゴリズム 孫正義ロングインタビュー ソフト流通、インターネット、デジタル多チャンネル放送……「デジタル情報社会において、インフラを提供する世界一の企業になること」を旗印に、事業分野を拡大し、急成長を続けるソフトバンク。だが、それ以上に”デジタル時代の寵児”として人々の注目を集めるのが、同社社長、孫正義だ。コムデックス、ジフ・デービスの買収、ビル・ゲイツ、ルパート・マードックなど大物事業家との提携、テレビ朝日株取得など、業界のみならず交換にまでインパクトを与えてきた事業家の次なる一手は何なのだろうか。そして、彼がその先に描いている「未来図」の輪郭とはどのようなものなのか。それらを推し量るのに、「買収」「デジタル」「野望」という、彼とその事業を直線的に結びつけてきた単語を用いることは必要ない。必要なのは、源泉である「人間・孫正義」を語る言葉だ。
国内生保の経営悪化のツケは、一線で働く生保レディに。上司から”マインド・コントロール”された彼女たちは、ノルマ達成のために自腹を切って架空契約を結んでいる。 さらに信じがたいことに、契約をもらうために上司や顧客とのSEXは日常茶飯事だというのだ。 「罪悪感があったのは最初の時だけでした」といってのける生保レディたち。 生保業界の呆れた実態にメスを入れる----。 「女の武器を使いなさい」 「もうやめたいんですよ、この仕事」 国内大手のN生命で働く現役生保レディの上野洋子さん(仮名・33)は、浮かぬ顔でそうつぶやいた。 「この間、ある男性のお客さんが、契約の直前に『やっぱりやめる』といい出したんです。仕方がなくて、私の方からホテルに誘いました…… こうでもしないと、新規契約は全然取れないんですよ」」 人妻の上野さんには2人の子供もいる。入社して2年。体を引き換えに契約を取ったの
Views June 1995 “最終局面”の上祐史浩「外報部長」を直撃! 「僕の元恋人が 麻原尊師と セックス したって いいじゃ ないですか」 外報部長・上祐史浩、32歳。 崖っぷちに立たされたオウム真理教の命運を一手に握った男。 「(サリン事件がオウムのやったことと)法的に確定したとしても 真実であるとは言えない」と空論を振りまわす。 3時間に及んだこの独占インタビューからは、 世紀末が生んだ口舌の徒の断末魔の呻き声が聞こえてくる じょうゆう・ふみひろ オウム真理教外報部長、「マイトレーヤ」正大師。 ’62年12月、福岡県に生まれる。 小学校2年の時に東京へ転向。 ’78年、早稲田高等学院進学。 成績は常にトップクラスで、早大理工学部に入学。 大学時代は英会話サークル・ESAで活躍し、 とくにディベートでは伝説的な強さを発揮していた。 同大大学院を経て、 ’87年に宇宙開発事業団に就
過去二回にわたり、高度情報化社会の到来によって、私たちの感受性や行動様式、他者との関係性がどのような影響を受けてきたか、探ってきた。以下、要約しておこう。 まず第一に携帯電話などの移動体通信の爆発的普及により、電話というメディアの性格が劇的な変化が生じたこと。家の中に置かれ、家族によって共有されている「家電」から、個人が持ち歩き、プライベートな通信手段として使用される「個電」へと急速に移行し、そのため個人と個人がダイレクトに、いつ、どこででも「つながる」ようになった。 第二に、ダイヤルQ2、伝言ダイヤル、テレクラ、インターネットの出会い系サイトなど、不特定多数の男女を結びつける電子メディアが登場し、誰であろうと他者との無限の出会いが、史上初めて可能になったこと。 第三に、デジタルネットワーク社会においては、「瞬間的文化」が幅をきかせるようになり、そのため人々のコミュニケーションの質にも明白
2月23日正午・銀座数寄屋橋交差点 「お前らは共産党のスパイだ!」 のっけから面くらった。 「お前らマスコミはみんな、共産党のスパイだ!!」 満90歳の老右翼は、かっと目をむきステッキを振り上げた。手渡そうとした私の名刺は、あわれにも昼休みどきの数寄屋橋の路上に放り捨てられた。 途方にくれながら、私は名刺を拾い上げた。いったい何がまずかったのだろう。 一週間ほど前、私は取材を申し込むために愛国党本部に電話を入れた。電話口に出たしわがれ声は、愛国党総裁・赤尾敏その人だった。 「大喪の礼? その日はね、私らは数寄屋橋で労働者・庶民の手による独自の大喪の礼の集会を開くんです。取材? とにかく前日に数寄屋橋に来たらいい」 そして、2月23日。言われた通りに銀座の数寄屋橋に出向いた私は、日課の街頭演説のために現われた赤尾敏に挨拶をしたところ、いきなり「共産党のスパイ」にされてしまったので
「収容所は凶悪犯を再生産する”工場”だ」−−ゆすりたかり、殺し、麻薬、売春、横領、汚職。統制国家のタガが外れたとき、「パンドラの筺」は封印を解かれ、爆発した。クレムリンも無力と化した怖るべき実態とは…… PART 1 暗黒街の地図 名前を出さないのが条件だ、と彼はまず念を押した。太く短い首、骨太のがっしりとした体格に似つかわしい、低く、野太い声である。 ウエイターがやってきて、「ここは禁煙です」と慇懃(いんぎん)に注意する。僕らは渋々と煙草をしまいながら、互いに顔を見あわせ、苦笑した。ライサ・ゴルバチョフのお気に入りのデザイナー、ザイツェフの所有するドンモーディというファッションハウスの、モスクワとすればせいいっぱい気取ったカフェ。階下のホールでは、ファッション・ショーが開かれている。片隅のテーブルで、物騒な話題を声をひそめて話そうかというわれわれは、ひどく場違いな客には違いなかった。
「ソ連という謎」を考える契機 日本人はもう、秋山さんのことを忘れてしまったのですね、と、先日モスクワからやってきた友人があきれたようにそう言った。日本人初の宇宙飛行士・TBSの秋山特派員のことである。国家テレビラジオ委員会で働くジャーナリストの彼女は続けて言う。 「ソ連人は、ガガーリンのことを今も忘れていないというのに……」 日本人にとっては、あれはあくまで一過性のお祭りイベントにすぎないものだから、忘れられていくのはある意味で当たり前のこと。自主技術で国産ロケットを開発し、打ち上げに成功したわけではなく、ただ一回分のフライト・チケットを買ったにすぎないのだから、ソ連国民にとってのガガーリン体験とは比べようがない。感動の深さや質が全然違う。 日本人の忘れっぽさについてそう弁明しながら、つけ加えて、僕は彼女にこのようなことを言ったように思う。 金余りニッポンにとっては、あのイベントは
8月11日、佐賀県鳥栖市に在日韓国人3世として生まれる。4人兄弟の次男。 正義の祖父は韓国南部の大邱(テグ)から九州に移り住み、筑豊炭田で坑夫として働いていた。父は、パチンコ屋や不動産業など、様々な事業を行いながら一家を支えた。当時も依然として民族差別は激しく「幼稚園のときなんか、頭を友達に石でぶたれたんですよ。これは衝撃で、以後自分の出自を隠すようになった」と、普段日本のマスコミには口にしない苦い思い出を、米国経済誌「BusinessWeek」では話している。小中学校では生徒会長を務める。子供時代は「腕白でガキ大将」だった孫は、サッカーに夢中になったときも熱心に練習し、鉄ゲタを履いて投稿するなど、当時から負けん気の強さを発揮していた。
「郵政三事業の民営化」を掲げて一躍「行革時代」のヒーローとなった小泉純一郎。 その小泉に激しく反論する「郵便局長の息子」荒井広幸代議士。 この二人の論争から、「大都市対地方」という、新たな政治の対立軸が見えてくる! −−政治家にしろ、各界のオピニオン・リーダーにしろ、誰もが「行政改革」と「規制緩和」の必要性を口にする時代ですが、いざとなると「総論賛成、各論反対」で、ほとんど何の変化も起こらない。あるいは何の変化も起こそうとしない。そうした中で、政治家としては例外的に小泉さんは「郵政三事業の民営化」という具体的な政策課題を掲げ、各論レベルでの論議を喚起されています。今日は単刀直入に、おうかがいしたい。行革が必要であるとして、なぜ「郵政三事業の民営化」がもっとも優先されるべきだと、お考えなのですか。 小泉▼この数年来、行政改革については論議が積み重ねられてきたのですが、中でもとりわけ、「税
SINCE 1999.8.23
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