作家・批評家のマングェルによると,黙読習慣について,はっきりと記した最も古い現存の西洋の文献は,アウグスティヌス(354-430)の『告白』だという1)。 青年時代のアウグスティヌスは,ローマの長官の誘いに乗って,ローマからミラノに移り,文学と雄弁術を教え始めた。 当時ミラノのキリスト教会の司教は,後にアウグスティヌスと並んで聖人に列せられるアンブロシウス(340?-397)だった。アウグスティヌスはアンブロシウスをたびたび訪ね,彼の説教に心を動かされて,若いころに入信したマニ教を完全に捨てる。 アウグスティヌスはアンブロシウスの生活の様子を書きとめている。この記述によれば,アンブロシウスの読書は次のようだった。 ⋯⋯かれが書を読んでいたとき,その眼は紙面の上を馳せ,心は意味をさぐっていたが,声も立てず,舌も動かさなかった。しばしば,わたしたちがかれのもとにいたとき――だれでもはいって差支