一 室蘭港(むろらんこう)が奥深く[#「奥深く」は筑摩版では「奥深く広く」]入り込んだ、その太平洋への湾口(わんこう)に、大黒島(だいこくとう)が栓(せん)をしている。雪は、北海道の全土をおおうて地面から、雲までの厚さで横に降りまくった。 汽船万寿丸(まんじゅまる)は、その腹の中へ三千トンの石炭を詰め込んで、風雪の中を横浜へと進んだ。船は今大黒島をかわろうとしている。その島のかなたには大きな浪(なみ)が打っている。万寿丸はデッキまで沈んだその船体を、太平洋の怒濤(どとう)の中へこわごわのぞけて見た。そして思い切って、乗り出したのであった。彼女がその臨月のからだで走れる限りの速力が、ブリッジからエンジンへ命じられた。 冬期における北海航路の天候は、いつでも非常に険悪であった。安全な航海、愉快な航海は冬期においては北部海岸では不可能なことであった。 万寿丸甲板部(かんぱんぶ)の水夫たちは、デッ