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人物に関するtoyaのブックマーク (175)

  • 突然の入院騒ぎ その1 | 村井さんちの生活 | 村井理子 | 連載 | 考える人 | 新潮社

    DAY 1 息ができない 歩いているだけで息が切れてしまい、愛犬ハリーの散歩に行くことが出来なくなって三日目。強い疲労感をどうすることもできない。時間外ではあったけれども、近所の大きめの病院に駆け込む。胸部レントゲンを撮影し、心電図を取った。「これは心臓ですね。今日は薬を出しておきますが、明日、必ず大きな病院に行ってください。紹介状も書いておきます」 DAY 2 車椅子 夫が会社を休んだ。子どもたちを学校に送り出し、近所のママ友に「たぶん入院になるから」と言い残して病院に向かう。ハリーを一匹で留守番させることに不安を感じながらも、息苦しさでどうすることもできない。病院にたどり着いたが、受付が遠く思えた。病院入り口に並ぶ車椅子を、目が勝手に追ってしまう。あれに乗ったらおしまいのような気がするが、あれに乗らないとダメな気もする。 受付窓口にたどり着き、紹介状を出す。イスに座って待っていると、小

    突然の入院騒ぎ その1 | 村井さんちの生活 | 村井理子 | 連載 | 考える人 | 新潮社
  • 「壊された絵」から『累』は始まった。松浦だるまインタビュー(1) - コミックDAYS-編集部ブログ-

    コミックDAYSインタビューシリーズ 第2回 「松浦だるま」(1) 取材:構成=木村俊介 幼少期、漫画家を目指すきっかけ、傑作の誕生秘話──。 なかなか表に出てこない漫画家の真の姿に、かかわりの深い担当編集と共に迫る。 漫画家──松浦だるま 作品に『累』『誘』など 編集者──永尾拓也 二代目担当編集者 第1回 なにかは捨てなければならないけれど 芸大入試後も、新人賞受賞後も、漫画を描けなくなってしまって…… 松浦だるま 小さい頃からちょこちょことした漫画は描いていたんです。原稿用紙にではなくノートに。小学生の頃には、ノートに何冊ぶんも「連載」をして友達に読んでもらっていました。中学生ぐらいで初めて原稿用紙に描いてはみたんですが、それも「試しに」みたいな感じですね。 漫画家にはずっとなりたかったんですが、そのうち「美術系の大学に進学したほうが、選べる進路も多くなるんじゃないのかな」と考えるよ

    「壊された絵」から『累』は始まった。松浦だるまインタビュー(1) - コミックDAYS-編集部ブログ-
  • 私は「できない事務員」だった。松浦だるまインタビュー(2) - コミックDAYS-編集部ブログ-

    コミックDAYSインタビューシリーズ 第2回 「松浦だるま」(2) 取材:構成=木村俊介 幼少期、漫画家を目指すきっかけ、傑作の誕生秘話──。 なかなか表に出てこない漫画家の真の姿に、かかわりの深い担当編集と共に迫る。 漫画家──松浦だるま 作品に『累』『誘』など 編集者──永尾拓也 二代目担当編集者 第1回はこちら 第2回 青春の体験も、作品の中に投げ込んだ 演劇を入れたことで「復讐譚」のみではなくなった 松浦だるま 私には、もともと「これこそが自分のオリジナリティなんです」と言えるような絵柄もないのですが、それでも、『累』に自分なりのなにかがにじみ出ているのであれば……おそらく「ストーリーにひっぱられていった」という気がします。 回を追うごとに、より黒っぽく、シャープな線で描く漫画に変わっていったのは「ストーリーに要請されてのもの」という気がします。変わることは悪いことではないと思って

    私は「できない事務員」だった。松浦だるまインタビュー(2) - コミックDAYS-編集部ブログ-
  • 読者と作者は本質的にすれちがうもの。松浦だるまインタビュー(3) - コミックDAYS-編集部ブログ-

    コミックDAYSインタビューシリーズ 第2回 「松浦だるま」(3) 取材:構成=木村俊介 幼少期、漫画家を目指すきっかけ、傑作の誕生秘話──。 なかなか表に出てこない漫画家の真の姿に、かかわりの深い担当編集と共に迫る。 漫画家──松浦だるま 作品に『累』『誘』など 編集者──永尾拓也 二代目担当編集者 第1回はこちら 第2回はこちら 第3回 心に「かする」ために、全力で描ききる 担当編集を引き継ぐ時期を、どう乗り越えたのか……? 松浦だるま 担当さんが替わって半年ぐらいの間、物語でもたいへんな場面を扱っていたこともあり、なかなか厳しい状況が続きました。精神的に自分を支えるものが、どうも、ぐらぐらしているかのようで。 途中、少し、実写での映画化(土屋太鳳と芳根京子によるダブル主演で、2018年9月より全国公開予定)が決定することにすがっていた面も、正直に言えばありました。映画化は提案があって

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  • のぶみ池袋連合は実在?瓜田に聞く - 日刊サイゾー

    人気絵作家・のぶみ氏(39)が作詞した「あたし、おかあさんだから」をめぐる騒動(記事参照)が収まらない。当初は歌詞の内容に関する炎上だったが、そこから延焼する形で真偽を取りざたされているのが、のぶみ氏の「池袋連合という暴走族を束ねる総長だった」とのプロフィールだ。果たして池袋連合という暴走族は実在したのか? この手の疑問は、あの男に聞くのが一番だ。のぶみ氏の1つ年下で、都内の有名不良だった“キング・オブ・アウトロー”こと瓜田純士(38)に緊急電話取材! ――ちょっとお尋ねしたいことがあり、お電話しました。 瓜田 なんでしょう? ――「池袋連合」という暴走族をご存知ですか? 瓜田 聞いたことないですね。いつの時代の話ですか? ――瓜田さんが16歳か17歳の頃だと思われます。 瓜田 ってことは1990年代後半、俺がちょうど稼業入りした頃ですね。 ――はい。「池袋連合」は、瓜田さんの1つ年上の

    のぶみ池袋連合は実在?瓜田に聞く - 日刊サイゾー
    toya
    toya 2018/02/08
    「俺は当時、都内の第一線で不良をやってたつもりだけど、自分が一番だと思って周りが見えない状態だったから、もしかしたら俺が勉強不足で知らないだけで、そういう活動を行ってる奴らが、どこかに実在したのかも」
  • お金どうしてるんですか? 嫌がる藤田晋に無理やり資産運用について語らせた|新R25 - シゴトも人生も、もっと楽しもう。

    編集長の渡辺です。 R25世代の資産運用仮想通貨への関心の高まりを受けてスタートした新連載『マネ凸(トツ)』。 この連載は、マネーの賢者にこれからのお金のあり方や経済システムについての考え方を聞く…のではなく、読者がもっと気になっているであろう「賢者自身のお金の話」にフォーカスしたインタビュー企画です。 記念すべき第1回のお相手は、新R25の親会社であるサイバーエージェント代表の藤田晋。「ふだんなら絶対に断っている企画」と拒絶されながらも、無理やり取材を取り付けました。

    お金どうしてるんですか? 嫌がる藤田晋に無理やり資産運用について語らせた|新R25 - シゴトも人生も、もっと楽しもう。
  • 大江千里、47歳で始めた僕の「ライフ・シフト」

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    大江千里、47歳で始めた僕の「ライフ・シフト」
  • ロシアに夢中 懸け橋目標…上坂すみれさん

    【読売新聞】 小学校から高校まで、鎌倉女子大学(神奈川県鎌倉市)の付属校で学びました。小学生の頃は、どちらかといえばおとなしくて引っ込み思案なタイプ。スカウトされて9歳から芸能活動を始めたのも母親に勧められたからで、仕事というより習

    ロシアに夢中 懸け橋目標…上坂すみれさん
    toya
    toya 2018/01/29
    鎌倉女子大付属だったの!!!
  • 【デイリーポータルZの安藤昌教さん】自由に、ふざけていたって生きていける

    ↓安藤昌教さんのご経歴 1975年生まれ。愛知県出身。デイリーポータルZにて記者・広告企画を行う。前職は国立研究所にて高速炉の研究に従事。その後、氣志團バックダンサー、コーヒーショップ経営等を経て、デイリーポータルZ編集部に。ものをむかずにべる「むかない安藤」としての活動も6年目に突入。 ――― 日は朝からありがとうございます。 安藤 こちらこそ、ありがとうございます。 ↓インタビュー場所となった茅ヶ崎の海辺に到着したときの、朝日と江ノ島 ――― いつもこの辺りにいらっしゃるのですか。 安藤 そうですね、ほぼ毎朝この辺の海でサーフィンをしています。 そもそもぼくが茅ヶ崎に移住したのも、このサーフィンを毎日やれるようにするためでした。 ――― サーフィン目的の移住ですね。 安藤 10年ぐらい前に沖縄で経営していたコーヒーショップをやめて横浜に引っ越したのですが、そこだと海が遠くてサーフィ

    【デイリーポータルZの安藤昌教さん】自由に、ふざけていたって生きていける
  • 【デイリーポータルZの安藤昌教さん】原子炉の研究者で、氣志團のバックダンサー

    (前回の記事はこちら→自由に、ふざけていたって生きていける) ――― 安藤さんのご出身はどちらですか。 安藤 出身は愛知で、大学のとき石川県に移り住みました。 大学ではヨットと研究の毎日で、具体的には風の流れが建物に与える影響について調べていました。 福井県には「もんじゅ」という高速増殖炉がありまして、そこでナトリウムで温度計が折れたという出来事があったんですけど、それの研究をしていました。 ――― ちょっと前回の「ふざけて生きていく」話との温度差がありすぎてついて行けていないですが、安藤さんはもともとまじめな方だったのですか。 安藤 どうなんでしょうね(笑) ただ今も昔も変わっていないのは、「好きなことをして生きる」ということかも知れません。 ぼくは新しい技術とか、宇宙とか深海とかそういう未知の領域について知ることが大好きなので、当時の研究もその類のものでした。 ――― なるほど。 安藤

    【デイリーポータルZの安藤昌教さん】原子炉の研究者で、氣志團のバックダンサー
  • 人生は夕方から楽しくなる:音楽宣教師・久米小百合(元・久保田早紀)さん 「異邦人」より賛美歌、教会でささげたい | 毎日新聞

    「元・久保田早紀と必ず『元』を付けてくださいね。私はもう『久保田早紀』を引退したのですから」。柔らかい口調ながらも、強いこだわりがあるようだ。自ら作詞作曲した1979年のデビュー曲「異邦人」が140万枚を超える大ヒットを記録。同時代を生きてきた人なら、誰もが知っている「久保田早紀」だが、「芸能界で音楽活動したのはわずか5年ほど。教会ではこれまで30年以上歌ってきました。今の肩書は『音楽宣教師』でお願いしますね」。 東京都国立市で生まれ、後に八王子市に引っ越した。母のすすめでピアノを習い始めたのは4歳から。短大在学中、CBSソニー(現ソニー・ミュージックエンタテインメント)主催のタレント募集のコンテストに自作の歌を録音したカセットテープを送ったところ、音楽ディレクターの目に留まってシンガー・ソングライターの道を目指すことに。

    人生は夕方から楽しくなる:音楽宣教師・久米小百合(元・久保田早紀)さん 「異邦人」より賛美歌、教会でささげたい | 毎日新聞
  • 人・かお・トーク:ウィキペディア「地方病(日本住血吸虫症)」主筆者・小野渉さん /山梨 | 毎日新聞

    地域に根ざす執筆もっと 小野渉さん(49) --インターネット上の百科事典「ウィキペディア」に執筆したきっかけは。 ◆2003年に日版のウィキペディアができてから見ていましたが、近所の「酒折宮」や「不老園」をはじめ、地元を取り上げた記事が少なく、貧弱だったのが気になりました。読んでいるうちに自分でもできそうだと思い、09年11月にアカウントを取得しました。最初に書いたのは「山梨学院小」でした。これまで約80の記事を執筆し、12年からは国内45人しかしないウィキペディアの「管理者」も務めています。

    人・かお・トーク:ウィキペディア「地方病(日本住血吸虫症)」主筆者・小野渉さん /山梨 | 毎日新聞
  • 杉原千畝について|杉原千畝記念館

    01千畝を育んだ八百津 八百津で 生まれた千畝 [1900-1922] 1900年、千畝はごく一般の環境と家庭の中で生まれ育ちました。英語教師となる夢を目指し勉学に励みますが生活が苦しくなり、公費で勉強ができる外交官留学生試験に、猛勉強の末合格しました。そしてロシア語研修生として、人生の方向転換をしたのです。 杉原一家(後列中央が千畝) 02杉原千畝の仕事 外交官時代 ハルビン [1939-1940] ハルビンにてその能力を見込まれ、千畝は外交官としての希望ある一歩を踏出します。一方、ヨーロッパではヒトラーによるナチの独裁が始まり、ユダヤ人の命が脅威にさらされはじめていました。 満州国外交部勤務時の千畝

  • 末席から見た星野さんと目玉焼きとレモンティー、そして、落合さん。(鈴木忠平)

    まだスポーツ新聞の駆け出し記者だった頃、私はいつもホテルのロビーや喫茶で星野さんを待っていたような気がする。 当時、中日ドラゴンズの監督だった星野仙一さんは沖縄でのキャンプ中でも、東京への遠征中でも、ほとんど毎日、番記者たちと朝をともにして、夕後にはお茶を飲んだ。 私のような駆け出しは、いつロビーに降りてくるかわからない星野さんを待ち、やってきたら先輩たちに知らせるのが役目だった。いざ、喫茶に入ると星野監督が上座に、それを囲んで各紙のキャップ陣が座り、中堅クラスがそのまわりに座り、私のような下っ端は星野さんから遠い隅っこの席で会話を聞いているだけだった。 最初に会った日に名刺を出して挨拶はしたものの、監督と会話した記憶はほとんどなかった。 星野さんは新聞社の事情をよくわかっていて、トップネタになりそうな話をするので、記者たちにとって朝晩の「お茶会」は1日のうちで最も重要な取材の場だった

    末席から見た星野さんと目玉焼きとレモンティー、そして、落合さん。(鈴木忠平)
  • 20歳のインフルエンサー妹尾ユウカインタビュー 私たちはこれからも彼女の毒とズルさに踊らされ続ける|AM(アム)恋愛メディア

    2018.01.12 わたしのこと 20歳のインフルエンサー妹尾ユウカインタビュー 私たちはこれからも彼女の毒とズルさに踊らされ続ける 12人のイナセなわたしたち #007

    20歳のインフルエンサー妹尾ユウカインタビュー 私たちはこれからも彼女の毒とズルさに踊らされ続ける|AM(アム)恋愛メディア
    toya
    toya 2018/01/14
    こういうルポ的なインタビュー(矛盾を含む言葉だ)は今の時代では珍しい気がする、すごく面白かった
  • 坂本龍馬は教科書に必要か 大政奉還や薩長同盟、史実は:朝日新聞デジタル

    高校の歴史教科書から「坂龍馬」が消えるかもしれない――。昨年11月に歴史教育の専門家らが示した用語の精選案について、「声」欄に賛否の意見が多数寄せられました。史料を基に龍馬や吉田松陰らの実像に迫った「司馬遼太郎が描かなかった幕末」の著者、一坂太郎・萩博物館特別学芸員はこれをどう見るか、話を伺いました。 ――龍馬は教科書に必要だ、という意見が多かったです。 今の教科書で龍馬がどう書かれているかというと、徳川慶喜が朝廷に政権を返還する「大政奉還」のところで出てきます。龍馬と土佐藩重役の後藤象二郎が、藩主を通して将軍慶喜に大政奉還を勧めたと。しかし、ここに龍馬を入れるのは正しくない。龍馬が大政奉還を唱えたという根拠になっていた文書「船中八策」は、後世に創作されたとの説が有力です。龍馬が提唱したことを示す証拠は出ていません。龍馬は大政奉還が実現した後、新政府綱領八策という文書を書いていますが、当

    坂本龍馬は教科書に必要か 大政奉還や薩長同盟、史実は:朝日新聞デジタル
    toya
    toya 2018/01/12
    良いインタビュー
  • 「人生に物語は要らない」リンク集 - snowlongの日記

    リンク集 時系列順に。 2012年 最初のエントリ。 すべてはここからはじまる まさにHello world 高校中退→工場派遣→プログラマ→ホームレス→自立支援施設→プログラマ→海外放浪→職業訓練→世界一周アプリを作る という経歴のインパクトと文章の読みやすさに驚く 2013年? 上記の増田エントリの反響の大きさに驚きAmazonでセルフ出版する 内容は上記の増田エントリに幼少期〜高校中退や海外旅行など大幅に内容が追加されたもの ボリューム的には東南アジアを中心とした紀行文半分以上占めている 合法(だった)ドラッグの記述がバロウズ的 ハッピーエンドは欲しくない 作者: n発売日: 2014/03/05メディア: Kindle版この商品を含むブログを見る 2014~2016年 ブログ 福島除染と北海道放浪 沈没する期間の画像がモラトリアム的ですごくいい 2015年 大学に行こうと決心する

    「人生に物語は要らない」リンク集 - snowlongの日記
  • 【里村明衣子インタビュー】著書『「かっこいい」の鍛え方』、2018年の仙女、各所属選手、そしてプライベートについて大いに語る! | プロレスTODAY

    【里村明衣子インタビュー】著書『「かっこいい」の鍛え方』、2018年の仙女、各所属選手、そしてプライベートについて大いに語る! 【著書『「かっこいい」の鍛え方』について】 ーー11月に出版されたご自身の著書についてお伺いさせてください。 里村:最初に出版のきっかけをお話させていただきたいのですが、もともとプロレス業界とは全く別の方がきっかけとなるんです。雨宮まみさんという【人気ライター※女子をこじらせてなど多数出版】が、女子プロレスを3年前に観てくださったときに私のファンになってくださって。そこから雨宮さんが私のを書きたいと言ってくださったんです。去年まで話を進めていて出版まで決まったのでインタビューとかも進めていただいていたのですが、2016年11月にお亡くなりになられて。なので、雨宮さんが私のを出すという話は一旦ストップしてしまったんですけど、今年の春先に出版社の方から「どうにか形

    【里村明衣子インタビュー】著書『「かっこいい」の鍛え方』、2018年の仙女、各所属選手、そしてプライベートについて大いに語る! | プロレスTODAY
  • 「許し合わないままでいる」ことについて - illegal function call in 1980s

    広岡達朗と川上哲治の話をします。id:kozikokozirou さんの一連の思いのこもった記事に触発されました。 * 広岡が1978年にオリンピック・エンゼルスの監督として、それまで「ドンケツ」と揶揄されていた球団をかき回し、選手たちの尻を蹴飛ばしてジャイアンツとの壮絶なデッドヒートの末に優勝をもぎ取った話は知られていることと思います。私も何度かこのブログで書きました。 全裸監督 村西とおる伝 作者: 橋信宏 出版社/メーカー: 太田出版 発売日: 2016/10/18 メディア: 単行 この商品を含むブログ (5件) を見る 監督 (文春文庫) 作者: 海老沢泰久 出版社/メーカー: 文藝春秋 発売日: 1995/01 メディア: 文庫 購入: 1人 クリック: 87回 この商品を含むブログ (9件) を見る しかしその道のりは平坦ではありませんでした。古株の反発、エースの気弱、広

    「許し合わないままでいる」ことについて - illegal function call in 1980s
  • 大不幸のあとには見違える神戸が、きっと(文・淀川 長治)|神戸っ子アーカイブ Vol.3 | 神戸っ子

    文化・芸術・音楽, 文化人 文・淀川 長治 (映画評論家) 「よみがえる神戸」―この題名で書けと申されたが二日たっても三日たっても書けない。がんばって今に立派に立ち直ってくださいなどしらじらしく書けるわけはない。今はチーンと沈みきったとき、それゆえガンバレの声は必要だろう。けれどガンバレなどかんたんにはそう口からでない。げんに共同通信のいかにも若い記者からこんなひどい映画館があるんですよと報告のファックスも私の手もとに送られてくる。神戸は三○才までの私の「ふるさと」。私はそのふるさとにどうしてあげようと考えこむ。八十六才では出かけていちいちお見舞いもむりだ。それでいずれ常識だがお見舞金を映画館の団体へお送りしてと思っている。 ところで、神戸だが、これは思いもかけなかった。関東大震災のときは天井からぶらさがっている電気のガラス傘がかすかにかすかにゆれた。するとすぐに号外のすずの音とともに「号