文部科学省は22日、13年度の新入生から実施する高校の学習指導要領の改訂案を発表した。「英語の授業は英語で行うのが基本」と明記し、教える英単語 数も4割増とする。 高校の改訂案では英語で教える標準的な単語数が1300語から1800語に増加。同様に増える中学とあわせて3千語となる。中高で2400語だった前回改訂の前をさらに上回り、「中国や韓国の教育基準並みになる」という。 改訂案は「授業は英語で」を初めてうたった。長年の批判を踏まえ「使える英語」の習得を目指すという。(12月22日朝日新聞) 水村美苗さんの... > このページを見る
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2008年12月25日10時50分
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- 気づくか気づかないか。国が気づかないなら、末端で細々やるか、国外にでるか。海外の教育事情が簡単に手に入り、渡航できる時代に、行く末不安な国に留まり続ける理由はないと思う昨今。
- 『学問のすすめ』では立身出世云々の話をしてたような
- しかし現代社会に自分が無駄だと思う学問を学んでいる時間はない。明日も私はコードを書かねばならない。そこに英語力はいらない。なんとなくで十分。
- 内田センセは技を掛ける対象が違ってもいつも同じ理合によって技を掛けてる気がする。9割ほど心底同意するけど残りの1割の違和感の原因を確かめるために本とブログを読み続けて行こうと思う
- 「単なる外国語の知識」を「教養」とか「世界の窓」とか「複眼」とかに理想化する語学屋の言語フェティシズム・言語オプティミズムとはきっぱりと対決せにゃいかんなあと思った。教育をどうするかてのとは別問題で。
- 大学生になってから、「学ぶことって、多くの考え・知見にふれて自分を豊かにし、高めるためにあるんだ」と僕は感じた。今思えば、費用対効果の学習をあまり受けなかったことが結果として幸いだった。
- 「利得」をモチベーションの源泉とする弊害。学校教育に限った話ではないかもしれない。好きなことを狂ったようにやってるやつが一番強いということか
- 「外国語は「檻から出る」ための装置。「何のために苦学するかといえば、説明はない。前途は如何なるであろうかと考えたこともなければ、名を求める気もない。心の底を叩いてみれば、おのずから楽しみがある。」」
- 内田先生の持論「消費者マインドを元に子供達に教育を行うことは問題である」を福翁自伝を元に語る。適塾の勉強熱心な雰囲気はみなもと太郎「風雲児たち」で味わえるのでぜひご一読を。
- 今の自分に必要
- >外国語を学ぶのは、それが「外部へと繋がる回路」 かぁ。なるほど。こういうエントリがあるから僕はいつも内田せんせーのブログをチェックしている。
- 「粗衣粗食、一見看る影もない貧書生でありながら、智力思想の活発高尚なることは王侯貴人も眼下に見下すという気位」はどのように生み出されるのか
- インセンティブがあればいいというものではないよということか。教育以外でも、そうなのだろうか。うーんよくわからない。
- 「「中学生程度の学力で一流大学に受かる」というのは、「電話一本で1億円稼いだ」とか「キーボード叩くだけで巨富を積んだ」というのと同類の「クレバーな生き方」なのである」
- 原語で『赤毛のアン』や『ギャツビー』を読みたいというような素朴な動機で英語を勉強するという学生はもうほとんど「化石」である。
- 文科省「じゃあどうすればよかったの? (´・ω・`)」
- "論理的に考えて一番効率的なのは、「同学齢集団の英語学力をまとめて低下させること」である"
- 別に日本の子どもの外国語習得能力が低下したわけではない。そうではなくて、人を外国語を学ぶことへと向かわせるモチベーションの根本が腐食しているのである。 ※水村美苗
- こういう考え方もあってもいいけど、一方でキャリアアップのために英語を勉強している人らのおかげで世の中回っていることも忘れてはいけない
- "「いかに少ない学力で、いかに高い学歴を獲得するか」という競争にこの国の子どもたちは熱中している。"









