高校野球を愛した作詞家、故・阿久悠の心も動かしたあの試合。「きみ」と語りかけた相手は、山口・宇部商の元エース藤田修平(32)。阿久悠から贈られた詩「敗戦投手への手紙」は、藤田の自宅玄関に今も飾られている。 1998年8月16日、夏の甲子園2回戦、宇部商―豊田大谷(愛知)。左腕の藤田は172センチ、58キロの細身の2年生投手だった。 2―2の同点で迎えた延長15回裏、無死満塁のピンチの211球目。セットポジションに入ろうとした瞬間、捕手のサインが変わった。「あれっ」。ボールを握っていた左手を無意識に腰に戻した。二塁走者にサインを盗まれないようにするための二つ目のサインだった。 「ボーク!」 球審の林清一(59)は一瞬の動きを見逃さなかった。約5万人の観客がどよめくなか、投球上の反則行為で進塁権を与えられた三塁走者がホームを踏んだ。林の動作に「ああ負けたんだ」。涙がとめどなくあふれた。 華奢(