中学3年。当時在籍していた学校に日本語話者はおらず、日本語を使うことなく毎日が過ぎていた。日本人である意識やアイデンティティに大きな揺らぎが生じていたのもこの時期だ。黄色人種のほとんどいない学校生活では、母国がまだ同じ地球上にあるかどうかさえ疑わしくなる時があった。 ある日、狭い校庭で体育の授業を受けていた。授業といっても、個別に走ったりストレッチをしたりするくらいで、ボールを使いたい子がいれば使ってもいい、雑誌を読みたい子がいれば座ってそうしていればいいというようなものだった。 わたしはその”いい加減”な感じが自分の中の日本人と相容れない気持ち悪さからいたたまれず、校庭の端っこの、担任と体育の先生が地面に座って雑談している横で、金網に寄りかかるでもなく、ただ硬直して立っていた。担任の先生が難しい顔で見上げてきて、「力抜いたら」と言った。 多分わたしは真面目が過ぎた。それは自分でもなんとな