私は大学における教育研究活動の成果の社会還元として、いくつかの公的機関や民間企業で精神科の産業医を務めている。その中で、近年、私たちが取り扱っているメンタルヘルス問題の質が変化をしてきているように感じる。臨床医学的な表現をすればうつ病の軽症化と遷延化という一見矛盾した病理の増加であり、社会医学的には従来の過重労働を背景とする燃え尽き型のうつ病から、個人のストレス脆弱性を背景とした適応障害型のうつ病へのシフトである。 具体的には自分の好きな仕事や趣味的なことには熱心に取り組むことができるのに、本来、社会人として成すべき務めを要求されると回避的に抑うつ状態に陥ってしまうといった状況であり、一見、周囲にはサボリや怠けのように映ってしまう。正業不安という表現が最も適切なのであろうが、高い自尊心、強い自己愛ゆえに、本来成すべき務めで失敗して自分の評価に傷がつくことを恐れ、回避的になってしまうのである