鋭角に折れ曲がった「屏風折れ土塀」の礎石。この上につづら折りの壁が築かれていた=山形市で2017年9月8日、二村祐士朗撮影 江戸時代前期 東北の外様大名に警戒 幕府の直命か 国指定史跡の山形城(通称・霞城=かじょう、山形市)で見つかった土塀が、「屏風(びょうぶ)折れ」と呼ばれるつづら折りの形状であることがわかった。発掘した山形市教育委員会によると、直線的な土塀と比べて防御と攻撃を容易にする特殊な構造で、遺構の発見は全国で初めて。築造は徳川幕府の権力が盤石ではなかった江戸時代前期で、東北の有力な外様大名に幕府が強い警戒心を抱いていたことを裏付ける発見として注目を集めそうだ。【二村祐士朗】 山形市教委によると、見つかった「屏風折れ土塀」は二ノ丸跡の北東部分。約200メートルの長さにわたり礎石が敷き詰められ、約8メートルごとに鋭角に屈折していた。礎石の上に銃・弓用の穴「狭間(はざま)」の開いた土