備考[編集] 1965年7月の任期満了まで参議院議員を2期務めた宮澤喜一は衆議院議員への鞍替え立候補を予定しており、国会議員でなかった時期の1966年12月3日に経済企画庁長官に就任している。宮澤は経企庁長官在任中に翌1967年2月17日に衆院選で当選を果たした。 衆参議員の閣僚が選挙で落選または選挙に立候補せず任期満了により非国会議員となったが、次の組閣や内閣改造までに大臣に一定期間留任して「形式上、民間人閣僚」になった事例は以下の通りである。 1953年:第4次吉田内閣の林屋亀次郎国務大臣(19日間) - 落選 1995年:村山内閣の浜本万三労働大臣(16日間) - 立候補せず 1998年:第2次橋本内閣の大木浩環境庁長官(5日間) - 落選 2004年:第2次小泉内閣の野沢太三法務大臣(64日間) - 立候補せず 2010年:菅直人内閣の千葉景子法務大臣(49日間) - 落選 201