敬愛する歌人、式子内親王(しょくしないしんのう)の詩魂を、赤羽 淑(あかばね しゅく)ノートルダム清心女子大学名誉教授の二つの論文「式子内親王における詩的空間」と「式子内親王の歌における時間の表現」を通して、感じとってきました。今回が最終回です。 論文「式子内親王の歌における時間の表現」に呼び覚まされた私の詩想を記します。 ◎以下、出典からの引用のまとまりごとに続けて、☆記号の後に私が呼び起こされた詩想を記していきます。 和歌の後にある作品番号は『式子内親王全歌集』(錦仁編、1982年、桜楓社)のものです。 (和歌の現代仮名遣いでの読みを私が<>で加え、読みやすくするため改行を増やしています)。 ◎出典からの引用1 (六の続き) ながめつる今日はむかしになりぬとも軒ばの梅は我をわするな 210(新古今・春上 五二) <ながめつる きょうはむかしに なりぬとも のきばのうめは われをわする