八〇年代に、ちょっとしたヴォネガット・ブームがあった。若き橋本治が『スラップスティック』を絶賛し、ゼルダのサヨコは「スローターハウス」を歌い踊った。だから僕も学生時代に、ヴォネガットの作品はほとんど読んでいた。彼の代表作を、あの素晴らしい日本語で読ませてくれた浅倉久志、伊藤典夫の両氏にあらためて感謝したい。 「愛は負けても親切は勝つ」。これがヴォネガット最大のテーマである。彼のエッセイでそれを知って以来、僕はこの言葉を至るところで引用してきた。とりわけ治療場面で。治療が不可能な患者であっても看護は可能であるように、かけらも愛がなくても「親切」にすることはできる。ニヒリズムの極北から生まれたこの思想が、このうえない寛容さにつながることは、アイロニーなのかユーモアなのか。もちろん後者だ。 ヴォネガットのユーモアは、廃墟の中で、どうしようもなく孤独な人間によって発揮されるそれだ。それは無残なトー