YOUTUBE投稿コメントより- 「1945年5月5日午前、大分県竹田市大宇平田折立に、29BG所属のB-29(機体番号42-65305)が墜落。これは日本海軍343空剣部隊の粕谷兵曹操縦の紫電改 の体当たり攻撃による結果だった。粕谷兵曹は墜落死。米兵は、機長M.S. Watkins大尉は尋問のために東京に送られ他の6人Dale E. Planbeck少尉, John C. Colehower伍長, Leon E, Czarneck伍長、Teddy J. Ponzca軍曹, Robert B. Williams伍長, William R. Fredericks少尉は、5月17日から6月2日にかけて4回にわたって九大学医学部で生体解剖実験で殺害された模様。戦後の戦犯裁判で、西部軍と九大学医学部の関係者23人が死刑を含む有罪とされた。が後に冷戦下、全員が恩赦で釈放された。事件の33