1. パンドラの箱としてのゲーム理論 前回は,伝統的なゲーム理論もまた,信念と選好という2つの志向的状態を組み合わせて効用を最大化するという道具的合理性を有したプレーヤーを前提としているということ,その意味で,新古典派経済理論と同じ人間像を共有しているということを述べた.実際,ゲーム理論はナッシュ均衡,新古典派経済学は競争均衡というように均衡概念こそ異にしているものの,道具的合理性を有した主体による選択と均衡概念の使用,さらには方法論的個人主義という観点で,両者は共通点を持つのである.しばしば,ゲーム理論は新古典派経済学の一部であるという主張を聞くことがあるのは,こうした理由によるものだ. しかし,ゲーム理論が経済学に与えたインパクトはこうしたことをはるかに超えるものである.新古典派経済学の市場均衡では,人と人との関係はあくまで市場を通したものでなかった.技術的外部性という例外はあるものの