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careerに関するdamehumanのブックマーク (2)

  • 「たけしの挑戦状」「デザエモン」を世に送り出した中村 栄氏の既成概念なき冒険 ビデオゲームの語り部たち:第26部

    「たけしの挑戦状」「デザエモン」を世に送り出した中村 栄氏の既成概念なき冒険 ビデオゲームの語り部たち:第26部 ライター:大陸新秩序 ライター:黒川文雄 カメラマン:愛甲武司 日ゲーム史において,1985年9月に発売されたファミリーコンピュータ用ソフト「スーパーマリオブラザーズ」が1つのキーポイントであることは言うまでもない。同作の大ヒットによって,家庭用ゲームというものが市民権を得た,と言ってもいいだろう。 そして翌1986年には「ドラゴンクエスト」「ゼルダの伝説」「メトロイド」「プロ野球 ファミリースタジアム」など,今なお続くIPが誕生し,ファミコンの人気は不動のものとなったのだが,そういったメインストリームからは少し離れたところで,興味深い動きもあった。それまでファミコン向けでは見かけなかった“タレントゲーム”とでも呼ぶべきタイトルが登場したのだ。 具体的には,ラジオ番組「オー

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  • コードを書いて金を稼ぐ - kuenishi's blog

    初めてまともに携わったシステムはNTT研究所で作られていたCBoCといわれるものであった。内容について詳しくは述べないが、国内では割と先進的でありながらとにかくNTTの事業会社(割と稼いでいる)で使えるものを作ろうというものであった。この時期は研究所は研究だけしていればよいというものではなく事業貢献が求められており、論文になるような研究を生み出すだけでなくそれをどうやってビジネスにするかが重要視されていたのだと思う。このとき作ったものは実際に事業会社で使われ、退職の前後には年間数万円が口座に振り込まれるようになっていた。なお収入なので税金の扱いを間違えないように。しかし特許といえばガッポガポ…というイメージだがそんなに当たることはない。わたしが携わったそのソフトウェアは確かに使われていたが、事業会社のビジネスの中核を支えていくようなものにはならなかった。ならなかったのでメンテナンスフェーズ

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