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社会と思想に関するdragonmoonのブックマーク (3)

  • 子供には自尊心も自信も要らないことを思い知らせるべき|ボクノタメニ泣イテクレ > 雑記

    あってもいいけれど、なくたって全然構わない。そういうものは多い。 自尊心や自信というのも、そうしたもののひとつだと思う。もちろん、子供に自信を持たせることができればいいこともあるかもしれない。けれども、せいぜいが「かもしれない」程度のものである。むしろ、役に立つのは自尊心や自信なんかよりも「積極性」ではないかと、個人的には思う。そして、「積極性」と「自信」は必ずしも相関関係にあるわけではない。自信なんかなくても「やってみよう」と思うことはできる。にもかかわらず、いたずらに「自信を持つことは大切だ」などとやるから「自信がないからできない」だとか、おかしなことになる。むしろ逆効果ではないか。 教育で「自尊心」や「自信」を植え付けようとすることは、それらを「持つべきもの」と規定することになる。つまり、「それでも自尊心や自信を持てなかった人」は、ますます委縮することになるだろう。教育が100%うま

    dragonmoon
    dragonmoon 2009/03/13
    無駄と思うこといっぱいしてる人は輝いている 自信はクリアした後からついてくる、なんて歌を思い出した。/「積極性」はそれを得るのに必要/なんにしても「べき」と考えると、圧力にもなりがちなのが微妙
  • 活字中毒R。―村上春樹「ネット空間にはびこる正論原理主義を怖いと思う」

    『文藝春秋』2009年4月号の村上春樹さんへの独占インタビュー「僕はなぜエルサレムに行ったのか」より。 (2009年2月15日にイスラエルでエルサレム賞を受賞され、「壁と卵」のスピーチをされた村上春樹さんへの独占インタビューへの一部です。引用部はすべて村上さんの発言) 【ネット上では、僕が英語で行ったスピーチを、いろんな人が自分なりの日語に訳してくれたようです。翻訳という作業を通じて、みんな僕の伝えたかったことを引き取って考えてくれたのは、嬉しいことでした。 一方で、ネット空間にはびこる正論原理主義を怖いと思うのは、ひとつには僕が1960年代の学生運動を知っているからです。おおまかに言えば、純粋な理屈を強い言葉で言い立て、大上段に論理を振りかざす人間が技術的に勝ち残り、自分の言葉で誠実に語ろうとする人々が、日和見主義と糾弾されて排除されていった。その結果学生運動はどんどん痩せ細って教条的

  • 「空気」を読み合う生きづらさ:日経ビジネスオンライン

    「気配」に「殺気」、「気分」と、日語には「空気」にかかわる言葉が多い。場の空気をキャッチする感性を涵養する文化だといえるが、翻って空気に支配されやすい環境ともいえる。 かつて、作家の山七平氏は著書『「空気」の研究』などで、日人の行動原理を「日教」によるものと定義し、その支配秩序を「空気」が握っていると喝破した。また、政治学者の丸山眞男氏は天皇制を「無責任の体系」と呼び、権力が消失する点を衝いた。これらは空気支配の証といっていいだろう。 「空気」は過去にも論じられていたものだ。だから、ここに来て「KY」(空気が読めない)という語が持ち出されたことに、ある世代より上ならば今更の感を覚えるかもしれない。 しかし、日人の原則が明らかにされたところで、「空気」の支配力が衰えたわけではない。むしろ、いま改めて「空気」が問題になっているということは、それなりの理由があるものと考えられる。 今回

    「空気」を読み合う生きづらさ:日経ビジネスオンライン
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