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ミステリーに関するeien-no-puzzle_1994のブックマーク (2)

  • 野沢尚公式ブログ: 『君たちのために残したい』

    野沢作品を愛してくださる多くのファンの皆様へ、NOZAWA OFFICEから、最新の情報をお届けします。 『君たちのために残したい』 [野沢コメント記事] 1998年3月25日(水曜日)、野沢自身が執筆し新聞に掲載した記事です。タイプしながら涙が止まりませんでした。 『君たちのために残したい』 ―僕の仕事のエネルギー源― 自分以外の誰かのために仕事をするつもりなど、まるでなかった。 常に自分のために書きたいものを書いてきた。だけど、最近は少し違う。今のこの仕事を「君たち」のために残しておきたい、と考えるようになった。 君たちはまだ平仮名と簡単な漢字しか読めないから、僕の小説を読むにはあと数年かかるだろ。ドラマの放送時間には寝なきゃいけないから。毎週欠かさず見るというわけにはいかない。 だけど、君たちはいつか僕の全仕事を見てくれると信じている。居間のビデオラックを占領している50以上のビデ

    eien-no-puzzle_1994
    eien-no-puzzle_1994 2013/10/18
    生前に構想され没後に遺されたファンの為にと奥様が引き継がれた公式サイト・ブログ。現在も継続していて、亡き夫が遺したメッセージを紹介しつつその人と作品の両方への想いを綴られている。その記事の中より紹介。
  • 野沢尚 - Wikipedia

    父は京都大学名誉教授で京都大学霊長類研究所所長も務めた生物学者の野澤謙(1927年島根県生まれ、東京大学農学部獣医学科卒業[1])[2]。叔父はフランス文学者で元東京都立大学教授の野沢協。曾祖父は教育者・漢学者の田邊新之助。大伯父に京都学派を代表する哲学者の田辺元、元東京美術学校教授の田辺至がいる。 中学時代から映画監督志望で、8ミリカメラで自主映画を作っていたが「映画はまずシナリオありき」と思い立ち、独学でシナリオの勉強を始める。これが脚家へのスタートとなった。シナリオの書き方は、月刊『シナリオ』で書き方を覚え、倉聰のシナリオ集を読み、そっくり文体を真似して勉強することから始めた。 小説家の安達瑶(安達O)やアニメーション監督・脚家の片渕須直とは日大学芸術学部映画学科の同期[3]。日芸映画学科の同期は毎年野沢の命日に合わせた墓参りを行なっており、片渕のTwitterでもその報告を

    eien-no-puzzle_1994
    eien-no-puzzle_1994 2013/10/18
    つい先程Googleって、来年6月で没後丸10年になる事を知って驚いた。1990年代一番好きだった脚本家。乱歩賞を獲ってから数年の迷走・暴走と、吉川賞を獲りそこから抜け出したと思った僅か3年後の自死。忘れられない。
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