ある婦人雑誌社の面会室。 主筆 でっぷり肥(ふと)った四(し)十前後の紳士(しんし)。 堀川保吉(ほりかわやすきち) 主筆の肥っているだけに痩(や)せた上にも痩せて見える三十前後の、――ちょっと一口には形容出来ない。が、とにかく紳士と呼ぶのに躊躇(ちゅうちょ)することだけは事実である。 主筆 今度は一つうちの雑誌に小説を書いては頂けないでしょうか? どうもこの頃は読者も高級になっていますし、在来の恋愛小説には満足しないようになっていますから、……もっと深い人間性に根ざした、真面目(まじめ)な恋愛小説を書いて頂きたいのです。 保吉 それは書きますよ。実はこの頃婦人雑誌に書きたいと思っている小説があるのです。 主筆 そうですか? それは結構です。もし書いて頂ければ、大いに新聞に広告しますよ。「堀川氏の筆に成れる、哀婉(あいえん)極(きわま)りなき恋愛小説」とか何とか広告しますよ。 保吉 「哀婉