一 先頃大殿様(おおとのさま)御一代中で、一番人目(ひとめ)を駭(おどろ)かせた、地獄変(じごくへん)の屏風(びょうぶ)の由来を申し上げましたから、今度は若殿様の御生涯で、たった一度の不思議な出来事を御話し致そうかと存じて居ります。が、その前に一通り、思いもよらない急な御病気で、大殿様が御薨去(ごこうきょ)になった時の事を、あらまし申し上げて置きましょう。 あれは確か、若殿様の十九の御年だったかと存じます。思いもよらない急な御病気とは云うものの、実はかれこれその半年ばかり前から、御屋形(おやかた)の空へ星が流れますやら、御庭の紅梅が時ならず一度に花を開きますやら、御厩(おうまや)の白馬(しろうま)が一夜(いちや)の内に黒くなりますやら、御池の水が見る間に干上(ひあが)って、鯉(こい)や鮒(ふな)が泥の中で喘(あえ)ぎますやら、いろいろ凶(わる)い兆(しらせ)がございました。中でも殊に空恐ろ