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exhibitionに関するgitanezのブックマーク (6)

  • 大琳派展 ~継承と変奏~ 尾形光琳生誕350周年記念: DESIGN IT! w/LOVE

    不確実な時代をクネクネ蛇行しながら道を切りひらく非線形型ブログ。人間の思考の形の変遷を探求することをライフワークに。 琳派は、尾形光琳(1658~1716)が大成させた絵画・工芸の一派。狩野派のような世襲による継承ではなく、光琳自身が阿弥光悦(1558~1637)、俵屋宗達(生没年不詳)に私淑したように、光琳の弟である乾山(1663~1743)、琳派の生まれた京ではなく江戸の地で光琳顕彰に力を注いだ酒井抱一(1761~1828)やその弟子の鈴木其一(1796~1858)にしても、光琳を慕ってその画風を継ぐという特殊な形で継承されました。 その継承のされ方は、宗達から光琳へ、光琳から抱一、其一へと受け継がれた風神雷神図や、夏秋草図、槇楓図、『伊勢物語』から題材を得た燕子花図など、同一の画題を受け継ぎ変奏していくという様にも見てとれます。 感想展では、その琳派を代表する阿弥光悦、俵屋宗達

  • 村野藤吾・建築とインテリア ひとをつくる空間の美学 | 展覧会スケジュール | 展覧会情報 | 汐留ミュージアム | パナソニック電工株式会社 | Panasonic

    ヒューマニズムを基調とする独創性に富んだ作風を特徴とし、近代日の建築界でつねに重要な位置を占めてきた村野藤吾(1891-1984)。戦前の先駆的なモダン・デザインから大胆な造形と繊細な表現で注目を集めた戦後の数々の作品まで、村野藤吾は絶えず自在にスタイルを操り、都市の顔をつくり続けました。 もっとも、彼の建築へのアプローチ、美意識、そして信念が凝縮してあらわれているのはインテリア空間ともいえるでしょう。戦争直前に手がけた艤装(ぎそう)から、海底を思わせる幻想的な劇場空間、もてなしの心に満ちたホテルの客室や茶室まで、いずれも一見気づかないところまで深く考え抜かれたディテールと、職人たちの細やかな手仕事によって、魅力的な空間がつくり出されています。また、そこで出会う家具やファブリックなども全て建築家自身によってデザインされ、ときにはちょっとした遊び心を交えながら、使うひとの情緒に働きかけます

  • 狩野芳崖 悲母観音への軌跡: DESIGN IT! w/LOVE

    不確実な時代をクネクネ蛇行しながら道を切りひらく非線形型ブログ。人間の思考の形の変遷を探求することをライフワークに。 展覧会名狩野芳崖 悲母観音への軌跡-東京藝術大学所蔵品を中心に会期2008年8月26日(火)-9月23日(火・祝)会場東京藝術大学大学美術館 展示室1,2(地下2階展示室)詳細情報東京藝術大学大学美術館HP「狩野芳崖 悲母観音への軌跡-東京藝術大学所蔵品を中心に」 狩野芳崖の絶筆『悲母観音』は、日画の幕を開けた記念碑的作品といわれています。 僕らはいま「日画」の存在を疑いませんが、芳崖の『悲母観音』以前に「日画」などというものは存在しなかったのです。 日画という名称自体は明治初期の東京美術学校の「日画科」のために、とりあえず岡倉天心によって用意されたものにすぎなかった。洋風画(洋画)あるいは「西洋画科」との対比のためである。それまでは日画などという言葉はなかった

  • グッドデザインエキスポ2008【GOOD DESIGN EXPO2008】

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  • 狩野芳崖 悲母観音への軌跡-東京藝術大学所蔵品を中心に

    2008年8月26日(火)-9月23日(火・祝) 月曜日休館〔ただし9月15日(月・祝)、22日(月)は開館、9月16日(火)は閉館〕 午前10時~午後5時(入館は午後4時30分まで) 幕末の長府(現在の下関市)に長府藩御用絵師の嫡子として生まれた狩野芳崖(1828~1888)は、 近代日画の基礎を築いた人物としてその名を残す画家です。 明治時代、フェノロサ、岡倉天心らとともに西洋画法を取り入れた日画の改革・実験に取り組んだ芳崖は、 その後の日画の発展に大きく寄与しました。この芳崖の絶筆《悲母観音》(重要文化財)は、 作品自体の完成度の高さに加え、近代日画の幕開けを告げる記念碑的作品と位置づけられ、 続く若い作家たちへも様々な影響を与えた極めて重要な作品といえます。 今年2008年は、狩野芳崖生誕180年、没後120年にあたります。 展では、晩年の日画革新時代の作品だけではなく

  • メグミ・大場 写真展「八百万への回帰・自然の中で静かに生きる」: DESIGN IT! w/LOVE

    不確実な時代をクネクネ蛇行しながら道を切りひらく非線形型ブログ。人間の思考の形の変遷を探求することをライフワークに。 昨日の「組織は人材が育つことができる場を提供できているか?」というエントリーの最後に、「僕自身、振り返ってみると、大学時代や一部の企業ではそうやって自分で自分を育てる環境を用意してもらえていたし、育つためのサポートとしての「□+□=10」という問題もちゃんと提供してもらっていたなと思う」と書きました。 今日は、大学時代に「自分で自分を育てる環境」として用意してもらったことのなかで、何より一番、いまの自分にとって重要だったと思える経験について書いてみたいと思います。 僕のチャレンジの起源としてのメグミ・大場5月30日に『ペルソナ作って、それからどうするの?』が発売される数日前から、しばらく忙しい日が続いていたのですが、今日はようやく忙しさの谷間で代休をとることができ、新横浜

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