書写人バートルビー ―― ウォール街の物語 ハーマン・メルヴィル 訳 柴田元幸 私はもうだいぶ歳の行った男である。過去三十年携わってきた職業ゆえ、な かなかに興味深く、いささか風変わりとも思えるであろう人物の一団にずいぶん と接してきた。私の知る限り、この人物たちについてはいまだ何も書かれていな い――すなわち、法律文書を書き写す、書写人たちについて。仕事を通して、 また個人的にも、実に大勢を知ってきたから、その気になれば、気の好い紳士 方を微笑ませ、感傷癖のある方々を涙させるようなさまざまな話を語ることがで きる。だがいまは、もろもろの書写人の物語はひとまず措いて、バートルビーの 生について若干語ろうと思う。バートルビーは私が出会ったり話に聞いたりした なかで誰よりも奇妙な書写人であった。ほかの書写人たちについてなら、その 全生涯を語りもしようが、ことバートルビーに関してはそれはお