「人間だから政治とかについても思うことがあって当然だろ!」はそうだし、別にその人がどういうイデオロギーかとかはどうでもいいんだよな。「ファン含めた多くの人が目に触れる場で、意見が対立したりなんなりしそうな事柄に対してクソ雑に何か言ってしまう」ことに残念な感じがある。
ちゃんとWikiquotoにも載ってるからある程度共有されたワードと思う。 私繊細ヤクザとか繊細チンピラっていうフレーズがめちゃくちゃ嫌いだった。なんでかというと、言葉の時点で「繊細」「チンピラ」という価値判断による攻撃がすでに含まれてるから。 確かこれほりでぃ氏による命名だったと思うけど、この言葉のセンスがすっげーーー嫌いだった。それを喜んで使う人も好きじゃない。前ブログではわざわざ、この言葉使うの好きじゃないから私は使いませんって記事書いた。 これと比べるとcrybullingって意味することがほとんど同じなのにすごくいいなと思う。何が良いかというと、言葉の成り立ちが「行為+行為」になってること。 つまりこれその人の属性ではなくて行為を表現しようとしてるんですよね。言葉自体の中立性が繊細ヤクザと比べて高い。 日本語って罪を憎んで人を憎マスって言葉があるじゃないですか。でも実際は言葉の段
何だろうな…その言葉はここにかかってるのではなくて、と下線をひいて説明しないといけない感じ。本当に言いたいこととは違うところで「自分の好きなものが貶められた」と感じてしまう人が一定数いるの、ツイッター難しいよ…。 https://t.co/TwJoB8ukCv
「表現の批判はしていいんだよ、出版するな、とかが良くないんだ」とは言いますけど「俺達は出版をやめろなんて言ってねえよ、誠意見せろって言ってるんだよ」にしかなんなくない?近年の「表現への批判」は「出版するな」との区別が異様に困難。資本主義のルールは厳しいなあ。
狭いサークル内で使われる過激な言葉が一般的な市民権がある前提で大きく使われることに対する苦々しさは 『クソゲー』 ですごく強く感じていたのである。もう市民権得ちゃったので俺も使うのだけど。基本的には自虐とか逆の意味で良いみたいな使い方をする。 (そんなものは言い訳にならぬ)
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