3月の震災から9ヵ月が過ぎようとしている。だが、津波などで家族を亡くした遺族の心は癒されていない。 今回は、地震発生の直後、消防団員として活動をするために家族と離れ離れになり、その後、再会することができなかった男性に取材を試みることで、「大震災の生と死」を考える。 「父子家庭になってみて、つくづく思った。俺には、仕事と家庭の両立は不可能だ……」 陸前高田市(岩手県)で電気工事店を営む吉田寛さん(34)は、太い声で切り出した。私が店を訪ねたのは、午後6時。高台にあり、周囲には明かりがほとんどない。暗闇の中で店の灯りが明々としている。事務員の女性とアルバイトの男性は、すでに帰ったという。 3月11日の地震後、市内の高田町を中心に押し寄せた巨大な津波により、吉田さんは妻の真紀子さん(33)、2人兄弟の下の将寛君(5)、そして母親の静子さん(73)を失くした。 店や家も津波で流された。基礎すら残っ