余は彼の人を生前より見知れるが如き心持を覚へり。此は予てよりの我が習癖なれども、想う人に懐旧の情に似たる情感を持つ事屡々に及ぶ。或は彼の人の姿形とは余の原形質深くに記憶されたる塵芥が断片の一々に刻まれたりし物なるか。 遠きAttikiの街に彼の人は居りしかど、余は白々と迫り来る虚無に抗ふこともえせずに、其の風景を眺めせし儘なりし。 彼の人、東雲の陋巷に在りて何をか懐ふや。 なれど余は毎朝夢から醒むる間際に彼の人を殺しながら目覚む。故に白昼下にては彼の人と一度たりとも逢ひしことなかりき。 これまで生きてきたということは、すなわち、これまで死を免れてきたということである。そして、そのことはすでにまごうことなき奇跡なのである。それを奇跡ではなく、ただの偶然の重なりに過ぎないというのならば、ではいったい何を奇跡と呼べばよいのか。 いまこのようにして生きて在ること、そのこと自体が奇跡なのであり、それ