「太陽の塔が作られた頃は、高度経済成長の絶頂で、日本中が進歩、GNPに自信満々の時代だった。そこへ万国博。恐らく全体が進歩主義、モダニズム一色になることは目に見えていた。そこで私は逆に時空を越えた、絶対館。馬鹿みたいに、ただどかんと突っ立った「太陽の塔」を作ったのだ。現代の惰性への激しい挑みの挑戦として。」 太陽の塔は建築という定義から外れてしまうかもしれないけれど、まいいや。 その万博のモダニズムの遺構→鉄鋼館 前川國男 太陽の塔を見た後、行ったところ。 国立国際美術館(旧館) 川崎清 光の教会 安藤忠雄 大阪万博から35年、巡り巡り日本の愛知で再び万博がやって来ます。 しかし昔と今は環境が違うのです。愛知万博に夢があるのかは、なんともいえない。