創業者・安藤百福は、ハレー彗星が地球に大接近した1910年に生まれました。幼い頃に両親を亡くした安藤は、呉服店を営む祖父母のもとで、商売の現場を間近に見ながら育ちました。独立心と事業意欲が旺盛だった安藤が「誰もやっていない新しいことをやりたい」と、最初に選んだのは繊維事業。22歳の若さでメリヤスを販売する会社を設立すると、大成功を収めました。ほかにも、幻灯機の製造、炭焼き事業、バラック住宅の製造、製塩や学校の設立など、さまざまな事業を手がけた安藤。時代の流れをいち早くキャッチして、すぐに事業化するベンチャー精神と、失敗してもあきらめないバイタリティーは、この頃から芽ばえていたのです。そして、どんな事業も「何か人の役に立つことはないか」「世の中を明るくする仕事はないか」という安藤の確固たる信念のもとに行われていました。 終戦後、食糧難となった日本では、おなかをすかせた人々が街にあふれ、栄養失