「IBM PC」こと「IBM Model 5150」の開発にまつわる話は山ほど出ているので深堀りするつもりはないが、取りあえず関係ありそうなところだけかいつまんで説明しておきたい。 1980年、IBMのGSD(General Systems Division)の中にあるEntry Level Systemsという部隊のマネジャー兼GSD LabのDirectorだったビル・ロウ(ウィリアム・C・ロウ)氏は、CMC(全社経営委員会)に対してパーソナルコンピュータを作ることを提案する。ただしこのときにロウ氏が持ち込んだのは「Atari 800」であった。要するにAtari 800をIBMブランドで売りましょうという提案である。 CMCはこれを拒否し、その代わりに独立したチームを作り、ここで全く新しい製品を自身で作ることをロウ氏に命じた。おまけにそのプロトタイプを30日以内に提示する、という期限
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