昨日の毎日新聞夕刊一面の記事にびっくり仰天心底驚いた。 タイトルは「最期の顔 撮りますか」。見出しに「カメラ付き携帯 お葬式でパチリ」。 Yahoo! NEWSへのリンク リードを引用する。お葬式の際、亡くなった人の顔をカメラ付き携帯電話などで撮影する人が増えている。葬儀関係者には「人の死を悼む気持が荒廃している」と感じる人がいる一方で、「時代とともに葬儀も変わる」と受け入れる人もいる。あなたは、最期の顔を撮影されたいですか?横浜のある葬儀デザイナー(本人の意思を尊重した葬儀をコーディネートする人)は、昨年7月にはじめてその場面に出会ったという。出棺前、棺に花を詰めはじめると、親族や友人5〜6人がケータイで故人の姿を撮りはじめた。 別の葬儀関連業の人の談では、月に1度は見る、とある。中学生や高校生は『撮っていいの?』という雰囲気だが、30〜40代の人は当然のように撮影するのだそうだ。
オオヤさんところから。 ●MUSTERBATOR - ブログ寿命 (http://d.hatena.ne.jp/putchee-oya/20060414#p1) だいたい2〜3年とみた。実際、はじめて2〜3年ぐらいのブログがばたばたとクローズしたり更新頻度が極端に少なくなったりしているのを見ている。 寿命はあるんだろうけど、たぶんひとによってうまく寿命を延ばしているんじゃないかという気がします。 で、うまく寿命を延ばす方法というのはあるのか、らへんを考えてみましょう。 ネットを見わたす「可視領域」 ここで「ネットの可視領域」というものを想定してみます。 ひとによって日常ネットで自分の目に入っているWebサイトというのは、それぞれ幅があるものの、一日に1000とか2000ものサイトを見ているひとはごくわずかな例外のはずで、せいぜい2、30から100、200程度ではないでしょうか。そのあたりを
分裂勘違い君劇場 - コミュニケーション能力をウリにする人が醜悪な理由 http://d.hatena.ne.jp/fromdusktildawn/20060414/1144999515 それと、コミュニケーション能力ばかり高い人のブログはつまらないことが多いと思いませんか? コミュニケーション能力は高いし、空気も読めるから、人はそこそこ集まってくるんだけど、肝心のコミュニケートする内容が薄いブログのことです。 大航海No.56「インターネットの光と闇」特集(http://www.shinshokan.co.jp/daikoukai/dai-back55-57.html#dai56)での、斉藤環氏と鈴木謙介氏の対談は示唆に富んでいるのだが、この中で斉藤環氏が「毛づくろい的コミュニケーション」という言葉を使っている。ここでの「コミュニケーション能力ばかり高い人」というのは、この「毛づくろい的
だいたい2〜3年とみた。実際、はじめて2〜3年ぐらいのブログがばたばたとクローズしたり更新頻度が極端に少なくなったりしているのを見ている。 その間に、 自分のサイト(ブログ)が出来て嬉しい期 コメントなんか来ちゃったりして嬉しい期 ネット上の人間関係なんか見えてきちゃったりして挨拶とかしちゃう期 オフなんかに行ってみようか行ってみた楽しい期 仲良しになったネットの人たちとしかわからない言葉で会話しちゃったりしてなんか嬉しい期 ってのがあると思う。だいたい1年から2年ぐらいかな。 ここでルートがふたつに分かれます。 いちばん。 ネット内の人間関係でちょっとトラブル期 ネット内の人間関係でかなりトラブル期 にばん。 ネット内の人間関係でなんかラブラブしちゃってネットなんかもうバカらしくって期 どっちもブログの更新頻度が減る要因になります。 ただし、これでみんなブログをやめてしまうわけではありま
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