音楽を聞いても聞いても落ち着かないとき、曲を変えるよりスイッチを切るといい。自分が恐がってたゾワゾワって感じがどんなものかはじめてわかるから。 最近、バスや電車を待つときにケータイを触らないようになってきた。ちょっと視線を上げて、周りの景色を見たり考えごとをしてみる。ケータイと少しの距離をもって、ふと気づいたのは、退屈でもないのに、退屈しのぎに駆り立てられていた自分がいたことです。とりあえずweb に自分を接続することで、得ていたものがあった半面、失ったこともあったのかもしれない。 それはそうだ。一方向にだけエネルギーが流れ続けることはない。物事には必ず利点と欠点の両面があると、頭でわかっているつもりでしたけど、体験としては知らなかった。ディスプレイから視線を外して世界を見て気づいた事が、いくつかあるので書いてみようとおもいます。 ディスプレイから視線を上げて まず、思索ができるということ