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ブログと言論に関するkana321のブックマーク (2)

  • 文藝評論家=山崎行太郎の政治ブログ 『毒蛇山荘日記』

    ■■■■■■■■■■■■■■■■■■ =======メルマガ====== 私が、ここに( ⬆ )書く記事は、たえず加筆修正を繰り返しているため、最終稿ではありません。最終稿は、山崎行太郎ブログ( http://yamazakikoutarou.hateblo.jp)か、『思想家・山崎行太郎のすべて』が分かる!!!『メルマガ=毒蛇山荘日記』」(月500円)でお読みください。登録はコチラから⬇⬇⬇ http://www.mag2.com/m/0001151310.html ============= ==== ■■■■■■■■■■■■■■■■■■ 今、新宿住友ビルの近くのスターバックスにいます。これから、若い友人結婚式に出ます。楽しみです。 ID:366eok 1)プラトンとデカルトとマルクスの接点。あるいは存在論的思考とは何か?「月刊日」に連載中の「マルクスとエンゲルス」も40回を超えた

    文藝評論家=山崎行太郎の政治ブログ 『毒蛇山荘日記』
  • アマチュアであること - 24時間残念営業

    2013-03-03 アマチュアであること 最近「公共性」という点で批判されてたんだけども、実は俺、この「公共性を自覚せよ」という意見がまったくの荒唐無稽だとは思わなかった。少なくとも、しばらくは考え込んだ。考えた結果を文章にしてみた。 たとえば俺と意見が対立する人がいたとして、俺のほうが一般的に説得力があると思われる意見を言っていたとする。となると、俺の文章にはPVという点でそこそこの影響力がある以上、相手の意見は圧殺されることになる。つまり、俺の意見が発端となって、個人の意見が「殺される」。条件として対等ではない。俺の意識としては対等であっても、相手にとってはそうではない可能性が高い。 ならば、俺のほうにちょっとくらい気づかいはあってもいいのではないか。そう考えられないこともない。実際問題、バイトに接するときなんかは、対等であろうとしても、俺の側に「オーナー」というかたちで権力が存在す

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