匂いと手触りの価値2010年4月23日12時35分 3月下旬、長年勤めた職場を退職するために、机回りの整理を始めた。処分するもの、引き継ぐ資料、家に送るものに分類し、すぐに終わると思っていたがまったくはかどらない。引き出しの中を占めていたのは古い手紙、原稿の写し、変色しかけたポラロイド写真、手書きの企画書……。しまい込んで忘れていたものが捨てられず、作業が中断してしまうのだ。 90年代半ばまで、雑誌編集者が必須アイテムとして使い、触れ続けてきたものは、原稿用紙やレイアウト用紙など様々な種類の紙だった。また、著者から届く原稿には、達筆、悪筆、神経質そうな小さな文字と、テクストの内容の他にも、人柄を表す意外な一面が見えた。引き出しの中身が捨てられなかったのは、人の手がかかわった有機的でパーソナルな1点ものが、かつては仕事の現場に溢(あふ)れていたことへの驚きのせいだった。 70年代初頭、入社し