吉祥寺、成蹊大学正門の並木道の反対側、五日市街道を挟んだ南側に鬱蒼とした森がある。 中を伺い知る事は出来ないが、あまり大きくもない門構えから中を覗くと、カーブした壁面を持つ建物が見える、カトリック・ナミュール・ノートルダム修道女会の修道院である。 これがアントニン・レーモンド設計、1934年に竣工した赤星鉄馬邸であることを知る人は少ない。 ● BLOWIN' IN THE WIND : アントニン・レーモンド「赤星邸」 35°42'33.60"N 139°34'19.06"E Google Earth からの画像だが、東西に「へ」の字型の建物が旧赤星鉄馬邸である、左手の増築部分は修道院となってからのものであろう。 広大な敷地の中で、その辺りの地割り(条里制の跡と思われる)と関係なく、建物を南面に正対させているのが特異だ。 先日、その内部を見学する機会を持った。そのレポートは後刻......
11月にしては暖かい土曜日、親建会工務所のお世話で、ナミュール・ノートルダム修道女会、レーモンドの旧赤星邸(1933-1934施工)を見学することができました。 南の広い庭から建物全景です。写真右手は芸大名誉教授奥村昭雄先生。レーモンドの事務所で修行した故吉村順三さんのお弟子さんにあたる奥村先生夫妻、孫弟子と呼ぶのでしょうか。先生ご夫妻が加わってくださり見学会は俄然密度が高くなりました。 こんなに静かな場所が吉祥寺にまだあります。 「孫弟子」奥村先生のお弟子さんにあたるakiさんとTniさんが、玄関から室内へ..... 内部は当時の建築職人技術の粋を集めて作られており、様々な工夫とアイディアに溢れていました。次回から少しづつご紹介します。
赤星邸の階段室です。玄関脇に見えるシリンダー状の壁がこの階段なのですが、図面と符合させていくと、どうやら御主人専用の階段のようなのです。建物中央部の最も使いやすい位置に直線型の階段があります。この玄関脇をのぼると主人の寝室と付室の和室、寝室付きの居間にでます。 手摺りの造形も綺麗で、段裏も美しく、ついつい空間ばかり気をとられますが、段板部分は凝っています。段板の黒い部分は厚手のリノリウムです。大理石をリノリウムが入る分だけ削り込み、丸面の段先、さらにノンスリップの溝を切り込んだ一体の大型リノリウム板をはめ込んでいます。「この当時はリノリウムが大いに流行った」と奥村先生の解説があり納得。ディテールのレベルが高いうえに、70年以上経ているのにピシャリとしています。
玄関から階段を上って主人の居間(天井高2.73m)に入ると庭に大きく眺望が開け気持ちがよい。現在2階の居間は修道会の図書室に使われていますが、当時の作り付け家具が補修をしながらそのまま使われています。これは壁にビルトインされたガラス付きの飾り棚。何か背面が明るいのです? よくよく見れば、コンクリートの壁に円形のガラスブロックが打ち込まれていて、外光を取り入れていました。漆喰の壁が美しく光を運んできます。 居間にある書架のクローズアップです。家具や建具はこの濃い色の木製で作られています。原木でこのように濃い色はブビンガ?かな....あの当時運んできたのでしょうか?ガラス一枚一枚には手掛けの丸穴が...とても73年前の家具には見えません。レーモンドさんは日本の職人技を良く知っていて作らせたのでしょう。 1階の居間に降りるとコーナーに飾り棚があります。材料はやはり同一、中央のオープン棚のオリジナ
いまはナミュール・ノートルダム修道女会の建物になっている、レーモンドの旧赤星邸です。吉祥寺成蹊大学正門前、五日市街道の反対側にあります。一体がうっそうとした公園のような敷地に建っています。 若き日の吉村順三がこの「赤星邸」を見て感動し、レーモンドの事務所を訪ねていき、スタッフとなります。レーモンド事務所はコルビジェの元から戻った前川國男などそうそうたる弟子を輩出します。 写真は正面玄関、コンクリート製の深い庇には無数の小さな丸穴があいています。この建物は鉄筋コンクリート2階建て、戦前、富豪の住宅として竣工したもので、最近になり修道会の所有になり管区本部になっています。現存する住宅が次第になくなっていくレーモンドの初期代表作の一つです。 竣工当時のまま残されているのが大変有意義なことと、教会建築の専業親建会工務所によって丁寧に保守もされています。名建築が残され、違う命をもらって生き続けるいる
2002年~2004年に収蔵された作品の中から、油彩・日本画・彫刻・版画の約40点を選び、関連する作品とともに展示いたします。出品作品の中には黒田清輝(くろだ・きよてる1866-1924)の《赤星弥之助像》があります。
2007年01月10日 赤星弥之助と明治美術 テーマ:美術館・展覧会・ギャラリー(8299) カテゴリ:雑 慌ただしくクリップのみ。 平塚市美術館では今年度、黒田清輝作『赤星弥之助像』(油彩・キャンバス/1909年)の購入が決まった。3月議会で承認された平成16年度一般会計予算で美術館業務関係経費「作品・文献等購入費」として1千5百50万円を計上、この絵の購入費に充てられる。 モデルの赤星弥之助(1853~1904)は鹿児島出身の実業家。古美術の蒐集家としても知られ、大磯に別荘をもつなど湘南地方にゆかりのある人物だ。 市美術館所蔵の安田靫彦作『赤星母堂像』(紙本着色・軸/1943年)のモデル、静子と弥之助は夫婦である。弥之助像の購入により、日本画と洋画の大家が それぞれの時代に描いた夫婦の肖像が、再び巡り会うこととなる。 現在は契約に向けての手続きを進めている段階で、同美術館が新たに作品を
埼玉東部清掃組合向けごみ処理施設、優秀環境装置通商産業大臣賞受賞 電力卸供給事業に参入 日本初のスーパーごみ発電稼働
花芙蓉朝な朝なに励まされ 八月も第三日曜日に。旧暦のお盆も今日で明けますが、台風7号の接近通過と故郷 からのÚターンラッシュと重なって列車も空の便、幹線道路も運休閉鎖などが相次 ぎましたが、さしたる混乱も少なく、以前の日本とは違ってきたのかな?と。 しかし猛残暑は衰えるどころか、体温を上回る危険な暑さが九州北部から近畿、岐 阜、愛知から関東地方にかけて続いて…今月も過去最高に熱い八月の記録を更新し そう! 芙蓉は秋の花だそうですが、折からの猛暑にめげず、朝な朝なに開花して元気づけ てくれるようで…。 芙蓉は元々は中国原産だそうですが、沖縄や九州四国南部の海岸に近い地域にも自 生が見られる落葉低木です。 白や底紅を刷いたピンクと白色もあり、八重咲きも。スイフヨウ(酔芙蓉)は朝方に は純白ですが、時が経つにつれて薄紅色に代わることから、その名前が。 いずれも夕べにはしぼんでしまう一日花で、ポト
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