その日の夜は、これから生命が活発にはばたきだす予感を感じさせる初夏だというのに、いやに月が冴(さ)えていて肌寒かったと、当時25歳であったジークフリート・アドルフは鮮明に思い出すことができる。 窓から差す月明かりが、船の中の灯りよりもぼんやりと真白く、粉雪のようなかすかなきらめきが、夜色に染められた船内を照らしている。 鈍い赤と橙が入り混じったのひかりをもたらしていた船灯を消してしまっても、首から下げたペンダントの中にある、小さな写真の中の少女が見えるのではないかと思うほどであった。 くすんだ古いペンダントは、円の中央にアイスバーグの薔薇の紋章が彫られている。紋章のすきまに、焦げた銅のさびがかすかについている。紺色の地に、草花を象(かたど)った金の刺繍の施された軍服の中に隠されたそれを首から出し、手のひらに乗せると親指でぱちりと弾いて中を開く。 金色のまつげに縁(ふち)どられた、夜のとばり
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