資料とfinalventに関するkyousaiのブックマーク (2)

  • 書くというか生きるというか痛いというか - finalventの日記

    新潮45に掲載されている中村うさぎの話を読んでいて、人も痛いなばばあだ自分、と思っているのはわかるが、ちょっとそういう痛さとは違った痛さを感じた。彼女は私と同学年である。同じ時代をきちんと生きてきたし、彼女の、ちょっと軽く書かれたものや息づかいにも実は時代性を私は感じることができる。そして、30歳以降の空虚感もよくわかる。いや自分なりにわかるというべきか。 ちょっとアレな言い方だが、私は、ふっと夢のなかであるいは無意識に、岸葉子のような奥さんがいるように感じることがある。彼女のファンだからという妄想みたいなものかもしれないが別に彼女でなくてもいい。3、4歳下の知的で痩せた奥さんみたいな女性。私が若い頃人生にこけず、そのまま商社とかメーカーとかに就職していたら、そうであったようなご夫婦。もっとも、私にはそういう人生はなかったのだが、その岐路みたいのを満帆で歩む別の世界のもう一人の自分がい

    書くというか生きるというか痛いというか - finalventの日記
  • 2007-03-20

    まあ、そういう議論もあるのかもしれないけど、全体の配分だと思う。つまり、所帯で十分な稼ぎがあるところから労働者を出して、若年労働者のパイを削るな、と。つうことは、課税がよいか、ってすると消費が落ちるか。むずかしい。 中東和平でも、日はもっと存在感を示せるはずだ。ブッシュ政権はイスラエル・パレスチナの交渉仲介に熱心とはいえず、中東とゆかりが深い英仏露の動きも鈍い。昔からアラブ、イスラエル双方と関係が良好な日は、対話機運を醸成する上で貴重な存在だ。 ⇒極東ブログ: [書評]日の選択(ビル・エモット、ピーター・タスカ) このエントリでは触れなかったのだが、エモットもタスカも、日が存在感を示すならレバノンに派兵すべきだった、あるいはそれに匹敵する行動をすべきだったと指摘している。これが日人にぜんぜん通じないなんだよねと嘆く。 毎日新聞の国際センスが世界に通じるわけがないよ。 米国との同盟

    2007-03-20
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