こうして大きな災害や社会的事件が起こるたびに、わたしは、物語の役割はなにかということについて考える。小説や映画はこのようなときになにができるのだろうか? わたしは小説や映画を──つまりはストーリーを語るという行為を──なによりも支持する者ですが、いま「物語」はなにかのんきな娯楽であるようにも見えてしまう。行方のわからない人びとが数多くいるとき、傷ついた人びとがどこかで助けを待っているとき、まずなにより必要とされるのは彼らを救助することであり、からだを休める場所と食べものを提供し、さらなる被害を食い止めることであるためだ。 地震の翌日、食料品の買い出しのために下北沢の街を歩きながら、わたしはふと「大きな問題に直面したとき、物語は無力なのではないか」との疑念を持たずにはいられなかった。ふだんであれば週末に封切られた映画をたのしそうに追いかけまわしているわたしの友人たちも、昨日は映画館に出向くこ