漱石に関するmasayukisanadaのブックマーク (1)

  • 子規と漱石①最後の手紙

    僕ハモーダメニナツテシマツタ僕ハモーダメニナツテシマツタ、毎日訳モナク号泣シテ居ルヤウナ次第ダ 明治34(1901)年11月6日、正岡子規が英国留学中の夏目漱石に宛てた手紙はこのような告白から始まっています。 同い年の二人の出会いは学生時代、22歳の時。互いを認め合い励まし合いながら時を重ね、病いに倒れた子規は立身出世を諦め文学者の道を、漱石は子規の影響で始めた俳句で名を上げつつも英文学者・教育者としての道を進んでいました。 子規を喜ばせた倫敦消息漱石が渡英したのは前年9月。官費留学でした。子規の病いは重く、互いに生きては会えないと思っていました。渡英後の漱石は日から送られてくる「ホトトギス」で子規の消息を確認していたようで、明治34年1月22日付の日記に「ほとゝぎす届く子規尚生きてあり」と書いています。 そして漱石は4月に子規、高浜虚子宛てにロンドンでの暮らしぶりを日記風につづった長文

    子規と漱石①最後の手紙
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