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けいおん!に関するmerio39のブックマーク (2)

  • 「けいおん!」に執着してきたあの頃。あるいは原作という未来。 - ふわふわスマイル

    2014-12-13 「けいおん!」に執着してきたあの頃。あるいは原作という未来。 ・はじめに ちょうどニコ生で一挙放映があったそうなので。 一時期はアニメ版「けいおん」のことボロッカスに批判してた時期もあったのですが、今は大分落ち着いたつもりです。 何言ってんだこいつと言われようとも、一つの主張を叫び続けてきた意味はある。 それでも最近のけいおん5周年扱いは疑念ですけどね。あれが始まったのはまんがタイムきらら2007年5月号だよ! ・原作者とはなにか 実の所、結局の所「けいおん!」を取り巻く言説として何が嫌だったのかというと「原作者」という概念を虚ろにしているとしか思えない言説なんでしょう。 当たり前のように「原作はつまらない」「つまらない原作を京アニが面白くした」なんていう一部の信者だろうにしても、そういう言説がまかり通っていた時期というのは悲しかった。 実の所、「AIR」でようやくk

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  • 『けいおん!』11話にみる高雄統子演出について - Paradism

    約5年振りに観返した『けいおん!』11話。澪と律が喧嘩する話としてもかなり有名な話ですが、その妙にリアルで冷たい空気を感じさせるこの回も私自身の中では大分トラウマとして記憶されていたためか、当時から今一歩「観直そう」という気持ちには至れていませんでした。けれど「今観ればあらゆる印象が大きく変わって観えるのではないか」と背中を押して貰えたのもあり、久しくこの挿話を観てみることにしたわけですが、その通りでした。 それこそこの話ってトラウマなんて言い切れてしまう程、ひどく辛さに満ちた話でもなければ、その画面から滲み出ていたのは決して冷え切った印象だけではなかったんです。むしろ、この挿話を観終え新たに得ることの出来た「この世界はこんなにも優しかったんだ」なんていう印象のお陰で、今はたくさんの幸せで満たされているような気さえしています。 それも一言に言い換えるのであれば“誰かが誰かをみつめる視線”

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