1950年10月12日、石川県金沢市に生まれる。父は洋服の仕立て屋、母は北陸一のゴム風船屋の裕福な家庭で育ち、9歳から中学2年まで少年合唱団に所属していた[1]。小学3年生から4年生の間は父の都合で金沢から東京の麻布十番に転居していたが、その後は再び金沢に戻る[1]。石川県立金沢二水高等学校に入学[1]後は合唱部でテノール、指揮者として活躍をしていた[1]。 クラシックの声楽家を志して東京音楽大学などの浪人中に友人に勧められて一緒にオーディションを受けたのがきっかけで1972年に劇団四季へ入団。芸名の「鹿賀丈史」は同劇団代表の浅利慶太が名づけたもので、金沢出身ということで加賀に因み、「鹿のように俊敏になり、そして澄んだ目をしているように」という意味で“鹿”賀となった[2]。「丈史」は語呂が良いことと、劇団四季の創設者の一人の日下武史にあやかったことによる[3]。在籍中は児童向けミュージカル