先日の記事にjgpmさんという方からこのようなコメントをいただいた。 まず誤解なさらないでもらいたいのは私にとってオタクという言葉は「同士」「仲間」を表す言葉で蔑称ではないという事です。 その意味で使わせて頂くと海燕さんはオタクに見えたのです。その理由は「私と全く同じ」だからですね。 この記事の様にオタク、あるいは一般人という言葉を持ち出してオタクと「それ以外」あるいは「オタクではない何か」を区別しようとしている時点で海燕さんはどこかでオタクに未練(うまい言葉が見つかりませんが現状は仮に未練とさせて頂きます)を感じている様に「見えてしまっている」からこそ、私は海燕さんが殊更私と同じ、つまり同士であり「オタク」に見えるわけです。 ノーボーダーなる言葉に寄るならば、彼らは自身がどこに属されるかという事、自身の趣味に対しても趣味と意識してないほどに考えていないし、それを「考える事、ましてやそれを