「耳が開く」ということがある。 武満徹の尺八をめぐるエピソードをご存じだろうか。ある尺八の「えらい先生」と食事をしていたところ、先生がいきなり尺八を吹きだす。目の前にはすき焼きの鍋が煮えている。それにもかまわず先生は尺八を吹き続ける。そのうちにすき焼きのぐつぐつ煮える音がだんだんはっきりと聞こえるようになる。外を走るトラックのタイヤの音もいつにもまして鮮明に聞こえる。 「車輪の大きさとか、車輪に刻まれているミゾまでわかるような気がする。すきやきのグツグツいう音はけっして不快なものじゃなくて、響きとしてよく伝わってくる。それと同時に尺八の先生の、ほんとに静かな曲は、前よりもくっきりと自分の耳に入ってくる」 演奏が終わると、先生は武満にすき焼きの音を聞いたろうと問い、うなずく武満に「そのすきやきの音がわたしの音楽です」と答える。 武満はこの体験を通じて、「すぐれた音楽とは、すべての音と対等に、