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内田樹に関するmixa59のブックマーク (1)

  • Just like a barbarian - 内田樹の研究室

    の現在のメディアの「語り口」の定型性について、ずっと書いているうちに、それを書いている自分の語り口の定型性にうんざりしてきた。 ありがちなことだ。 ある対象を批判しているうちに、批判している当の対象とだんだん「面つき」が似てくるのである。 「重箱の隅」をつついているうちに、「重箱の隅」が視野の全面を覆ってしまうということはままある。 気分転換に、ぜんぜん違う時代の、違う論件について語ったものを読みたくなって、棚を見ると小林秀雄全集が眼に入ったので、中の一巻を抜き出し、適当にぱらりと拡げる。 棚というのは、こういうときに便利である。 ぱらり。 小林秀雄と三木清が対談している。1940年。 小林秀雄がこんなことを言っている。 「僕も前に福沢諭吉の事を書いたことがあるけれども、福沢諭吉は『文明論之概略』の序文でこういう事を言っている。現代の日文明というものは、一人にして両身あるごとき文

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