ロク子🍉 @ihr_6kowd 笑った ahamoに変えようか迷ったことあるけど調べれば調べるほど繋がらないとキレてる人たちばかりだし、しまいには普段ほとんど絡まない別垢のフォロワーからもahamoは繋がらないよ…とエアリプされる始末だったのでやめた 2026-04-26 11:30:21
航空券の名義が「芸名」だったため、飛行機に乗れず公演の一部が休演――。アイドルグループ「桃色革命」の公式X(旧ツイッター)が28日投稿した報告が、ネット上で大きな波紋を広げている。 「桃色革命」沖縄公演で発生したトラブル騒動の発端は、同グループが沖縄公演に向かう際のトラブルだ。公式アカウントによれば、メンバーの瀬戸咲稀、陽向楽くるみの2人が、航空券の名義が芸名であったことを理由に搭乗を断られたという。 運営側は、搭乗条件として「芸名を証明できる名刺」の提示を求められたものの、アイドルであるため所持しておらず、結果として第1部公演が休演になったと説明。投稿の末尾には「#ジェットスター」とハッシュタグを添えてファンへ詫びた。 桃色革命のX投稿(現在は削除されている)テロ対策など「空の記名」の重み運営によるX投稿の全文は次の通り。 ◇ 本日の沖縄公演に関し、瀬戸咲稀・陽向楽くるみは航空券名義が芸
はてブのコメ欄見てると、たまに嫌な気持ちになる。 「〜よな」って言い回し、平気で使ってるけど、あれ何? 「不安よな」とか「必要よな」とか、あの「だ」を抜く言い方。 あれって、完全に松本人志さんの再生産だよね。 「俺は分かってる側」みたいな、ウエメセ感。
京都駅周辺の建築物の高さ規制が緩和されるというニュースをみた。 市外の人間が唾を飛ばしながら賛成か反対かの2択を論じている様子を見てうんざりしてしまった。 ちなみに京都市内での「高さ規制」は法的拘束力が働くものではなく、あくまでも「条例」なので、既に存在する京都駅ビル(約60m)や京都タワー(131m)などの例外はある。中京区の60mホテルも、公開空地を設ける総合設計制度を適用したものだ。 京都市内でも、山科区の外環状線沿いなど高さ規制が撤廃されている地域もあり、タワマンやでかいビルを建てることは可能だが今のところそのような動きは見えない(そのうち建つだろうけど)。 山科区や南区、伏見区の北西部、南西部などは、ビジュ的にも生活動線的にも一部を除いて「一般的な京都らしさ」からは少し乖離している。また、景勝地や社寺仏閣が密集しているごく一部の地域を除けば、京都市内の大半の地域は一般的な140万
教育ローマ字とかげ @awesomenewways @kasen728 「お ... ください」は接周辞 (ja.wikipedia.org/wiki/%E6%8E%A5…) であると考える必要があります。「持つ」の通常の命令形(「依頼形」などと言われるかもしれませんが)は「持って」あるいは「持ってください」です。後者の方が丁寧です。しかし尊敬語では「お持ちください」が使われます。このとき、「お持ち」はこの意味では使えません。(古めかしい言い方で、「お食べ」や「お待ち」などが、子どもや目下の人に対する命令で使われることがあります。)「持って」と「持ってください」の間の関係は、「お持ち」と「お持ちください」の間には成り立ちません。また、「持ちください」という形はそもそも不可能です。この形が出現したら即バツ🙅♀️だと考えてください。しかし「お持ちください」は正しい形です。「お」と「ください
3月11日、いわき市(福島県)の5つの市立中学校で卒業生の祝いに赤飯の給食を用意したところ、同日午前に「震災のあった日に赤飯はおかしい」と電話があったことから、市教育委員会の判断で提供が取りやめられ、生徒たちには学校で備蓄した非常用の缶詰パンが出されていたことが、13日に明らかになった。 そして、調理済みであった約2100食の赤飯は廃棄されてしまった。本件について内田広之・いわき市長は14日にXでコメントを発表し、「約2100食分破棄は、もったいないと感じています」と述べている。 発覚から数日が経過しても、メディアやSNSでは本件について議論が起こり続けている。「被災者が多数出た地域で震災と同日に赤飯を出すのは不謹慎だ」といった声もあるが、多くの人は、たった1本のクレームを理由に、食べられる食品を大量廃棄へと追い込んだ市教委の判断に強い憤りを感じているようだ。 はたして、赤飯を廃棄するとい
おれは正直指輪とかに全く興味ないし、高価なものはなくしそうで怖いし、なにより結婚指輪は高すぎる。原価と全く釣り合ってない。ふつうにぼったくりじゃないか?昨今の値上げも相まって1人20万とかするらしい。10万でも高いと思うんだが。20万出すならせめて、もっと価値の落ちないものや実用性のあるものを買うべきなんじゃないか?折半分の金は払うけど、納得いっていない。 と、彼女に連れられて行ったジュエリーショップの帰りに言ったら泣かれてしまった。 彼女は長く使えるものや手作りのものに愛着があるらしく、一生に一度だからと結婚指輪についてあれこれ調べているらしかった。遠方のアトリエに別の用事のついでに下見に行こうかなと予約を取ったりもしていた。なんとなく、おれは安物で、彼女は十分に納得いくものを買って、お金は折半で、と思ってたんだが、そもそも一緒に指輪を選んだり、揃いで買ったりすることに多少の憧れがあった
思考遊戯 @think_hacking この考え方、お金の話というより意思決定の話だと思っています。365日使う物は選択の回数が365回あります。そのたびに安さで選んだ小さな不満を積み重ねるか、少し高くても満足感を積み重ねるかで、1年後の生活の質がまったく変わります。 多くの人は買う瞬間の1回の出費だけを見ますが、本当に見るべきなのは使う回数で割ったときのコストです。毎日触る物ほど1回あたりの差は限りなく小さくなり、むしろ快適さのリターンが圧倒的に大きくなります。 だから365日使う物に2倍払うというのは贅沢ではなく、日常のストレスを減らす合理的な投資だと考えています。価格ではなく使用頻度で判断できる人ほど、お金の後悔が減っていくんですよね。 2026-01-11 23:16:45 石下貴大@GOAL @kankyoishige 「使う頻度の高いものはお金をかける、上質なものを選ぶ」 これ
娘5歳は祖母の影響から大相撲が好きだ。 夏頃から大人になったら行司になりたいと言うようになった。 自分は小さいので力士は難しいけど行司は服も綺麗だしカッコイイし戦いをそばで見れるからあんな素敵な大人になりたいと言う。 今まで他の子たちのように夢と言える夢はなく大人しくぼんやりとしていた娘が初めて見つけた目標だ。 娘の友人達にはなにそれ?と言われてしょんぼりしていたのを祖母が慰めてくれ、不要になった浴衣で簡単に羽織れる着物を拵えてくれたので楽しそうに行司ごっこをして遊んでいる。 今年のクリスマスは相撲の絵本が欲しいと言われている。なんやそれ…と色々聞いたところ確実な本ではなく相撲関係の本がいいとのことでAmazonで何冊かポチッた。 それほどに相撲にゾッコンだ。 しかし今の日本で女性は行司になれない。 力士も呼出もなれない。 アマチュア相撲や趣味の女相撲、ボランティアで出来るから、というのは
※映画『夢売るふたり』の軽いネタバレがあります。 最近バズっていた 「なぜ高学歴は『推し活』をしないのか」 というnoteを読んだ。 ざっくりまとめると、 人間が使える「関心」は有限 頭が良くて自己投資のリターンが高い人ほど、自分の人生にフルベットしがち だから、他人(推し)に時間とお金と感情を投げる“非合理”を避けやすい という話だった。 これは本当にそうだと思う。 けれど読み終わったあと、どうしてもこう思った。 「いや、学歴より先に見るべき変数があるよな」 私が足したい一行はこれだ。 推し活が「穴埋め」になるか「余裕の趣味」になるかを分けるのは、 学歴じゃなくて「自分の夢が、いま動いているかどうか」だ。 そしてもう一歩踏み込むなら、 その夢を「ちゃんと自分で畳んだか」 それとも「なんとなく手放したまま来ちゃったか」 この違いが、かなりデカい。 この“夢との距離感”を、やたら正確に見せて
好きだったアイドルグループが毎日炎上している。本人の言動が発端なものもあれば、過去の粗探し、容姿に至るまで様々。 元は5人組のグループとしてデビューし、3人と2人に分かれて活動した時期を経て、これまで休養したメンバーが2人、脱退したメンバーが2人。打開策として打ち出した、メンバーオーディション。 自分が好きなアイドルはオリジナルメンバーに含まれている。デビュー当時、芸能活動歴が短かった彼もまた一般人と呼ばれていたのは皮肉だ。オーディション期間中は、オリジナルメンバーの人柄等も評価されていたが、今はそんなことはない。 毎日毎日、自分の好きなグループが叩かれていて、疲れた。叩いている人へ戦っているファンを見るのも、疲れた。もう離れてしまえばいい、古くからのファンなんてもういなくたって変わらない、そう思うのに歌を聞くと離れられない。 あまりにも情がありすぎる。2011年のデビューと同時に好きにな
序章:推し活という「現代宗教」2020年代の日本社会を象徴する風景、それは「推し活」という名の祝祭である。 駅の巨大広告、書店の特設コーナー、SNSのタイムライン。特定の対象、例えばアイドル、キャラクター、俳優、あるいはスポーツ選手を熱烈に応援し、そこに情熱と金銭を注ぎ込む行為は、もはや一部のサブカルチャー愛好者による奇行ではない。それは市民権を得たライフスタイルであり、現代人の精神を支えるインフラストラクチャーとして定着した。 株式会社インテージの調査[1]によれば、15歳から79歳の3人に1人が推し活を行っているという。しかし、この熱狂的な祝祭の光が強くなればなるほど、その影もまた色濃くなる。推しを持つことを社会全体が推奨し、推しがいない人生をあたかも「彩りのない余生」であるかのように語る風潮に対し、静かな、しかし確固たる違和感を抱く層が存在する。 それが本稿で焦点を当てる「推し活をし
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