漫画は中学生・高校生のころから好きでよく描いており、さいとう・たかをのファンで、さいとう宅にも遊びに行ったことがあったとのこと[2]。その後何気なくテレビでアニメの『ジャングル大帝』を観て、アニメに興味を持ち始めたという[2]。 最初は大学生の頃に見学に行ったことがある虫プロダクションに応募したが落選[2]、アルバイトで作品を描いて漫画雑誌に送る仕事をしながら過ごした後、友人に勧められて1970年にハテナプロダクション入社[2]、すぐに動画スタッフとして『巨人の星』に参加[2]。1971年に独立してタイガープロダクションを設立[2]。 いわゆるアニメーター系の演出家で、作画監督のみを務める場合もあれば、演出のみを務める場合もある。また、一つの作品で作画監督と演出を兼任することも多い。基本的に東映動画での仕事が多いが、一時期オフィス・アカデミーや国際映画社の仕事に比重を移し、アニメ業界進出後