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社会と都市に関するmotosonのブックマーク (6)

  • 大阪「・・・・・。」

    都心住まいの価値とは何か  http://d.hatena.ne.jp/chnpk/20130115/1358204323地方都市という地獄 あるいは関東圏の「私が住んでるところは田舎だよ(笑」が如何に残酷かについて  http://d.hatena.ne.jp/mizchi/20130115/1358216244都会と田舎の比較の話が出るととりあえず絡みつく http://lkhjkljkljdkljl.hatenablog.com/entry/2013/01/15/143959 こういう話題になるといつもスルーされる大阪および京阪神。東京大阪と並べられることもあるけど東京と比べると都市規模経済規模は言うまでもなくコンパクトな都市。でも、都市圏という単位で見ると世界には有数の規模らしく、相対的に見ると田舎でもないらしい。https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%

  • 自分の地元に対する嫌悪感みたいな - ズンガリガリガリズンガリガーリ

    都会田舎比較と関係あるようなないような話なんだけど、 横浜出身だけど大学院あたりで関西圏に住んでて、その頃は実家帰るとなんだかイライラしてた。新横浜はだいたい大丈夫で東神奈川あたりから。元ニチイが見えるあたりから。イライラっつっても些細なもんで、あれ?懐かしいはずなのになんだろこの感覚、ひょっとしてイライラしてんのかな、みたいな。ツンデレみたいな。 その原因となりそうなものを挙げてみると、 住んでた地域の高齢化。小中学生の頃は同年代がいっぱいいたこの公団住宅もみんな独立して老人ばかり。なんだかゴーストタウンの風情。ゴーストニュータウン。近所の小学校なんかはもう老人ホームにしたらいいんじゃないかという話。 老朽化した建物がリフォームで延命してる感じ。 商店街が雑然としてく様。定屋さんが無くなって、吉野家、松屋、ココイチができてく感じ。 みなとみらいはまだ比較的新しいけど横浜駅とくに西口とく

    自分の地元に対する嫌悪感みたいな - ズンガリガリガリズンガリガーリ
  • 都会と田舎の比較の話が出るととりあえず絡みつく - 24時間残念営業

    http://d.hatena.ne.jp/chnpk/20130115/1358204323 http://d.hatena.ne.jp/mizchi/20130115/1358216244 両方読んだ。 過去に何度も触れた話題ではあるが、いま一度書いてみようと思う。この話題が出るとMK2さんが裸ネクタイで農道のまんなかに踊り出てきます。書きたくなるんだんよこれは!! 現在の俺は関東地方の片田舎に住んでいる。都心は通勤圏には入らない。ま、下のリンク先の方のいう「関東圏」にはあたるわけだが、各種社会インフラっつーことでいうと、まずまず田舎といっていいと思う。とりあえず、高齢率と離婚率、高校中退率あたりの高さと、大学進学率のやたらめったらな低さだけでも「田舎」は名乗っていいところだと思う。 ちなみに以前は横浜の都心部に住んでいた。どんな用事でもだいたい自転車でこと足りる。「あー今日あのマンガ

  • 都心住まいの価値とは何か - よそ行きの妄想

    みなさんご存知の通り、都心の地代は高い。実に。 しかし果たして当にそれだけの価値があるものなのか、都心住まいというものは、という話である。今日はそのあたりについて考えてみたい。 かくいう私の生家は渋谷から歩いてまあ15分程度、都心といえば言えなくもない立地にある。今でもそこに住んでおり、家賃というものを支払っている事実はない。従って、都心の地代が高かろうが安かろうが関係ないと思われがちな立場だ。 とは言え、である。 もし都心住まいの価値が不当に割高に評価されているのであれば、私は、今の家を高値で売り払って郊外で悠々と暮らすことが合理的だということになるだろう。 つまり、私は家を売却してしまうという選択肢に関する機会費用を、常に負担していると言える。であれば、都心住まいの当の価値には、やはり人一倍敏感で然るべきなのだ。 で、渋谷。 渋谷から徒歩圏というと便利だなんだと持ち上げられることが

    都心住まいの価値とは何か - よそ行きの妄想
  • 地方都市という地獄 あるいは関東圏の「私が住んでるところは田舎だよ(笑」が如何に残酷かについて - mizchi log

    都会に住む人間は、その価値を過小評価している。というのが僕の持論だ。そしてそれは東京に6年住んでより強固になった。 都心住まいの価値とは何か - よそ行きの妄想 http://d.hatena.ne.jp/chnpk/20130115/1358204323 この記事の感想としては、およそ渋谷に特徴的な衛生問題が多いという事実には同情するとしても、常になにかしらの機会が与えられていることを無自覚だ、という点が地方の人間を刺激するだろう。 子供用の自転車が買えなかったとしても、買える距離に生きているのだ。さすがに子供用の自転車ぐらいは田舎でもみつかるが、嗜好品の類はそもそも手に入るかが怪しい。 今ではインターネットで緩和されたとはいえ、それを実際に目にする機会があるかという点において、それを好きになる機会すら与えられないかもしれない。 表題は、地方出身者を最も怒らせる一言である。 僕は、18歳

    地方都市という地獄 あるいは関東圏の「私が住んでるところは田舎だよ(笑」が如何に残酷かについて - mizchi log
  • 日本の都市は空洞化も縮小もしない。輸出されている - concretism

    建設・不動産業界というのは斜陽産業といわれて久しく、もう国内には新しい建造物は要らないのだ、というのがある程度の共通認識になっていると思う。だから、われわれ建設・不動産業界にいる者は、どんどん海外に出ていかなければ、べていはいけないのだ、と。 実際、海外に市場があって、そこで稼いでいけるのであれば、どんどん行くべきだと思うし、また日の建設・不動産業には、これまで先進国として培ってきた技術・ノウハウがたくさんあるはずなので、それを生かして海外に活路を見出すことは現にできており、おそらくこれからもできていくのではないかと思っている。 それはそれとして、ここでは一つの視点に基づいて考えてみたいと思う。すなわち、日の都市は輸出されているのではないか、と。 2003年問題はなぜ起こらなかったか 2003年問題という言葉が、かつてあったのをご存じだろうか。いや、コンピュータが誤作動を起こすという

    日本の都市は空洞化も縮小もしない。輸出されている - concretism
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